彼らと私たちの世界に違いなんてない『土星マンション』

レビュー

ネットやテレビで目に入る悲しいニュースや、自分の身の回りで起きた「しんどいな」って思ってしまう出来事。ちょっと嫌なことがあると現実逃避したくなりますよね。私はなります。
そして、そんな時こそ漫画だ!とページをめくる。
でもそこには、いや、そこにも私たちの世界と変わらないものがありました。
『土星マンション』の深みをあなたにもぜひ味わってみてほしい。

土星マンション
©岩岡ヒサエ/小学館

まずストーリーを簡単に説明すると、舞台は未来の地球のちょっと外側。
地球全体が自然保護区域に指定され住めなくなり、人間は地上から35,000mの高さに浮かぶ巨大なリング状の建造物で暮らしている。
そこで生まれ育った主人公ミツは、事故で亡くなった父親と同じ、その建造物の「窓拭き」の仕事をすることに。縦割りな社会のルールや周囲の人との関係の中で、少年ミツがだんだんと成長していく姿が描かれている。

まず注目して欲しいのはキャラクターたちの頭身。
どのキャラも大体が5頭身ほど。かなりデフォルメされている。
線は細く柔らかく、誰が見ても「かわいい絵だ」と感じるだろう。
表紙のカラー絵も淡い色合いが多く、全体的に目に優しい。迫力のあるテイストは一切見られないので、なんなら子ども向けかな?とも思ってしまう。
しかし、それを裏切るかのように、ストーリーがずっしりと重い。

『土星マンション』というタイトル通り、人々が住む「リング」は上層、中層、下層というマンション構造でできている。そして上層にはお金持ちや権力者、下層には貧しい人たちが暮らしている。これがどういうことか。
つまり、上層住人から下層住人への差別が描かれているのだ。
例えば、

研究者を目指し大学に通っていたソウタの言葉だ。下層の住民、という理由で志望の仕事にはつけないと言われた、とある。実力や心根ではなく、住んでいる場所で将来が決まってしまう。
また、このようなシーンもある。

ソウタの家の隣に住む、下層住民の森下。「保安局員」という警察のような仕事をしている頑張り屋の好青年だが、これもまた「下層住民だから」という理由で腹立たしい冗談をぶつけられている。ちなみにというかなんというか、森下は第6巻では衝撃的な展開に巻き込まれてしまう。ネタバレが過ぎると良くないので詳しくは伏せるが、一言言わせて欲しい。やめてくれ!

もちろん、これらは一例だ。面白い話、キャラクターがかわいいなと思えるストーリーもある。
ただそれはそれ、これはこれ。『土星マンション』全体を見ると、やはりずっしりとした重みが感じられる。
この重みはなんだろう?と私は考えた。そしてこれは「物語というよりも社会を描いた漫画ではないか」と思った。

上層に暮らす人の中には良い人だっている。偉そうでわがままな物言いをするが、仕事熱心なミツを高く評価しているお金持ちの田抜や、ミツの同級生で世間知らず、しかし工学に関しては確かな腕を持つ社長令嬢、マユなど。
逆に下層住民だからこそ、上層の人間たちを嫌う人もいる。
お金持ちが偉そうにする。誰かとケンカをする。仲の良いメンバーで楽しいおでかけ。上司が部下を叱る。優しい家族が応援してくれる。失敗したり、でもそれを力に変えたり。これって私たちが暮らす社会そのものじゃないですか。

ミツは巻を進めるごとに成長していく。やる気が空回りして凹んだり、同僚、先輩との人間関係に揉まれたり。そしてそれをバネに、一歩一歩前へ。あの頼りなかった少年がだんだん強くなっていく。淡い恋心を抱くことも。ヒュー!

「リング」という大きいようで小さな世界の中、人々はそれぞれ関係し合いながら生きている。
読者である私たちの生活の中でも起こりうる、悲しい出来事に直面したり、希望を胸に努力したり。
画面の向こう側もこちら側も、何も変わらない。

「SF」という言葉がある。これは「サイエンスフィクション」の略だ。科学的な創作物語全般のことを指す。『土星マンション』もジャンル分けするならSF漫画の中に入るだろう。
しかし読んでいると、そこにはフィクションが描かれているとは思えない。ひとつの社会、ひとつの世界があるように感じる。
あなたにもぜひ、彼らの生き方を一度見て欲しい。きっと心に何か、芽生える気持ちがあるはずだ。

土星マンション/岩岡ヒサエ 小学館