むき出しのエゴに心動かされる『シンギュラリティは雲をつかむ』

レビュー

漫画を開けば、どの主人公も何かしら戦っている。
世界平和を目指す戦士の話、親の復讐を誓う殺し屋の話。
 
誰もが壮大な「大義」をもって戦っている。
 
じゃあ、もしも僕が主人公なら、何のために戦うのだろう?
一瞬考えてはみたが、一瞬で無駄だと分かった。

 
僕には「モテたい」以上の動機がないのである。
 
魔王を倒したくなるのも、命をかけたくなるのも、「女の子にキャーキャー言われたいから」その一言に尽きる。
 
あぁ僕みたいな、自分の欲望に愚直でちっぽけな主人公はいないのだろうか。
 
そんな煩悩丸出し人間臭ぷんぷんの僕が、久しぶりに「お!共感できる!」と思えたのが、漫画『シンギュラリティは雲をつかむ』である。
 

シンギュラリティは雲をつかむ
©Toshiki Sonoda/講談社
 

「認められたい」ためだけに戦う主人公

 

 
『シンギュラリティは雲をつかむ』は、旧世紀のファンタジー世界を舞台に、ヒト型の全身翼航空機を題材にした漫画だ。
 

 
主人公のカラコは、とある峡谷の街のガレージで働く少年。
子供ながら、航空機などのメカニックに目がなく、設計や操舵にも長けている。
 
そんな彼が背負っているのは、天才ゆえの孤独であった。
 
自分はそこらの凡人とは違う。
凡人は、自分の凄さすら理解することもできない。
名前のカラコは「殻にこもる」が由来なんじゃないの?とも思えるほど、鬱屈とした心の持ち主だ。
 
孤独ゆえにカラコが戦いに求めたのが、「承認」なのであった。
 
敵国から空襲があった際に、カラコはヒト型の全身翼航空機「シンギュラリティ」に乗って戦うことを懇願する。
 
だが、シンギュラリティの持ち主に突きつけられたのは「なぜ戦いたいのか?」という問いであった。
 
自問の末、彼が導いたのは、「拍手が欲しい。」「褒められたい。」
そして、「みんなを認めさせたい」という感情だったのである。
 

 
未だかつて、こんなエゴむき出しな理由で戦う主人公がいただろうか。
ぶっちゃけて言ってしまえば、どうしようもないくらいかっこ悪い。
 
戦争ものの作品では、主人公はそれなりの大義名分を持ち合わせているものだ。
対して、カラコの動機は、非常にちっぽけなのである。
 
だが、その人間臭さが気持ちいいほど突き抜けているのだ。
等身大の気持ちにしか共感できないちっぽけな自分は、カラコのむき出しの感情に強い共感を覚えた。
 
また、こうした極めて個人的なエゴこそが、戦争のリアルなのではないだろうかとも思わせる。
 
国と国同士、軍と軍同士の戦争。
大きな物語の中では、世のため人のためといったきれいごとが戦いのトリガーとなっているように見えがちである。
だが、実はこうした「認められたい!」というちっぽけな感情が戦争を生んでいるのではないだろうか。
 
義務感や使命感からかけ離れた極めて個人的な欲求にこそ、人間のリアルがあることを象徴するシーンだ。
 

「ヒト型」を飛ばすことにかけたロマン:

 
人間臭さが漂うのは、主人公だけではない。
物語すべてが、合理性を超えた極めて俗人的な感情を肯定している。
 
主人公が搭乗する航空機は「ヒト型」。

 
僕たち人間、特に日本人は「ヒト型」に対してなぜか強い憧れを抱いている。
マジンガーZ、ガンダム、マクロス、グレンラガン……。
日本の漫画・アニメのカルチャーを支えてきたのはいずれも「ヒト型ロボット」だ。
 
現実世界の兵器が証明しているように、戦争においてヒト型は合理的ではない。
空を飛ぶなら、戦闘機のように翼を主体としたデザインの方がいいし、陸上なら、キャタピラが使える戦車のようなデザインの方が合理的だ。
 
では、なぜ僕たちはここまでヒト型ロボットを愛しているのか。
 
それはヒト型の方が「カッコいい」からなのである。
戦闘機よりも戦車よりも、どう考えても、ヒト型の方がカッコいいじゃんか!
 
これもまた、合理性を超えたエゴ以外の何物でもない感情だ。
この感情を「ロマン」という言葉以外に喩えようがあるだろうか。
 
『シンギュラリティは雲をつかむ』の物語で、ヒト型の航空機を飛ばそうとしているのは、まさにこの合理性を超えた人間的なエゴの追求であると思える。
 
今世界で「合理的」と思われていることも、別のパラダイムに入れば、合理的ではなくなることもある。例えば、アインシュタインが相対性理論を導いて世界が変わったように。
 
エゴの追求、つまり自分の信念を貫いた先に、「シンギュラリティ」(技術的特異点)、つまり技術的な限界突破があるのではないか?
そんなメッセージがこの作品のタイトルにも込められている気がするのだ。
 
突き抜けたエゴにこそ、リアルが、可能性が満ちている。
一見、カッコ悪いちっぽけな感情も研ぎ澄ませば、未来を切り開く志に変わる。
 
そう思えば、煩悩も捨てたもんじゃないな、と思えてしまうのが僕のいけないところなのかもしれない。
 
 
シンギュラリティは雲をつかむ/園田俊樹 講談社