ナイス爽やか!『スロースターター』は梅雨のジメジメを吹き飛ばす青春BL

レビュー

スロースターター
©市川けい/libre

ジメジメして過ごしにくい梅雨。沖縄在住の自分はひと月前からすでにそんな状態なので、さすがにそろそろ堪えてきました。湿気でだるい、疲れる、やる気が出ない…でも大丈夫。この時期ならではのストレスもBLを読めば解決できます。ご紹介するのは市川けい先生の青春BL『スロースターター』です。学生同士の淡い恋を描いた本作では、不倫や嫉妬に狂う泥沼、当て馬、激しいセックスなんていう濃厚ドラマ展開はすべてなし。かといって物足りなさは感じさせず、思わず「ナイス爽やか!」と叫んでしまいたくなるような清涼感たっぷりの萌えが詰まっています。

静かな車内にDK二人。毎朝見かける気になるアイツ

物語のはじまりは朝、いつもの電車。他に乗客のいない静かな車内で顔を合わせるキヨとイノ。別々の高校に通う彼らはお互いの名前も学年も知らないまま、ふとしたことから言葉を交わし、いつしか他愛もない会話をする仲になります。

眠たいだけの朝の時間もアイツに会えるから別にそうでもなくて、むしろちょっと楽しみになっていて…そんな二人の日常が描かれており、あどけなさの残る高校生らしい仕草や会話のやり取りに懐かしさを覚える方も多いはずです。

人混みの少なさからすると、ある程度都心から離れた郊外の町なのでしょうか。通勤ラッシュとは無縁のまったりとした車内の空気感がこれまたいいんですよね。自宅ソファのごとくくつろぎ、駆け引きなしに笑い合うなんて平和そのもの。

「タメだろ?」、「あ、そっか3年」、「進路、キヨはどこ狙ってんの?」、「俺は専門…」などと話しながら緩やかに縮まる二人の距離。その友情を育む様子が大変微笑ましいので、ここまではBLではなく学生同士のほのぼの青春漫画としても楽しめると思います。

じっくり時間をかけて向き合う二人の恋

二人の関係が徐々に変化していったのは中盤以降。イノと別れた後、駅のホームを一人歩くキヨの背中には寂しいような物足りないような名残惜しさが滲むように。

さらにキヨの高校の学園祭で互いの友人を紹介し合うなど、二人以外の世界が広がれば広がるほど、友情なのか恋愛なのか「好き」の境界線が曖昧になっていきます。もちろん、それはイノも同様に。

自分自身の感情に戸惑うあまりいつしか電車でも会わなくなり、すれ違いはじめる二人。けれど彼らは「これが恋か!」なんてビビッと早合点するでもなく、「とりあえずヤッちまうか!」なんてヤンキー的なノリで迫るわけでもありません。ましてや自身の性に対する葛藤などをすべて抜かして体だけの関係にもつれこむなどもってのほか。

『スロースターター』のタイトル通りにじっくりと時間をかけて逃げずに悩む。悩み苦しみながらも答えに辿り着き、まっすぐに相手と向き合う姿がとても清くて尊いのです。性別問わず誰かを想う、その根底にあるピュアな優しさや強さってどうしてこうも人(主に読者)を幸せにさせてくれるんでしょうね。ベタベタなスキンシップは一切ないけれど、彼らの誠実な人柄と市川けい先生の描く甘酸っぱいシーンの数々に思いっきり引き込まれてしまいます。

スロウデイズ
©市川けい/libre

朝の電車から始まった二人の恋は『スロースターター』一巻で無事完結しますが、もっと続きが読みたいという方は短編集『スロウデイズ』でその後の彼らを見守ってみてください。

また現在連載中であり、市川けい先生の代表作でもある『ブルースカイコンプレックス』では、さらにじっくりと恋を育むDK二人の切ないラブストーリーを堪能できます。BL作品にありがちな過激な性描写やファンタジー色を限りなく薄めた等身大の恋愛はとことんピュアで爽やかです。今の時期、雨は当分止まないけれど心は確実に晴れますよー!

スロースターター/市川けい libre
スロウデイズ/市川けい libre