壮大なスケールで人間の死生観を描く『創世のタイガ』を深読みしてみる

レビュー

最近「あなたの文章は論理が飛躍していますね」と言われることが多い。確かに飛躍しているは飛躍しているのだけれど、その飛躍にこそ(その空白部分にこそ)文章の面白さはあるのもだと信じているし、やけに論理的な文章はだれの記憶にも残らない。そういった文章は時にただそこにあるだけ、ある種の残滓となってしまうことは、こと文章に携わる人間としては本当に悲しきことで、たまに涙を流しながら世を憂いている(嘘)。

けれど、漫画の作家となれば話は別で、たとえば主人公に一貫性がないと「キャラが立っていない」とみなされるだろうし、たとえば『HUNTER×HUNTER』の主人公、ゴンの念能力が突然、強化系から特質系になってしまうとするならば(本編ではもちろん強化系です)、「まーーーたこの主人公は恵まれた過去を持ってんのかよ、母親の血筋? 今出すな」と思ってしまう読者は多いはず。物語には軸、あるいはロジックが必要であるし、作家にもそれが求められる。

その点、人気を博した漫画『自殺島』の作者・森恒二のブレなさったらない。この人はまるで何かにとり憑かれているのかと思うほど、最近の作風は一貫して「生と死」をテーマにしている。「生きる」とは何か。「死ぬ」とは何か。作者自身、漫画を描くことによって、この問いに答えを出そうとしているのだと想像できる。

一貫して「生と死」なので、だったら、前作『自殺島』を読んでおけば別に良いのでは……と思うなかれ。森先生の新作で、古代の世界にタイムスリップしてしまった文化人類学のゼミ生たちの「生と死」を描く『創世のタイガ』は、決して現代(『自殺島』)、過去(『創世のタイガ』)について、同じテーマだけを用いた漫画ではない。

創世のタイガ
©Kouji Mori 2018/講談社

さて、本題に入ろう。主人公のタイガたちは突如、過去に飛ばされて、そこが自分たちの知っている歴史の世界だと知る。

『自殺島』は「自殺者が集められるという噂のあった島に、実際に集められた」という話だった。その島に運ばれていく連中は実際に自殺を繰り返しているので、ある意味、物語はある程度予見できるわけで、島内で人間同士の争いが起きてしまうも、戦う相手は現代人だ。言葉は通じる。話せばわかる! 

『創世のタイガ』は、現代では存在していない文明、そして古代生物や古代人までいるような、明らかな想定外の危険地帯に突然放り込まれ、そこで生を勝ち取るためにもがく。動物や人類とは満足に意思の疎通もできない、だって言葉が通じないのだから。巨大な恐竜がいる、さらに「日用的に使っているもの」がない、だって古代に飛ばされているのだから。

もう、私ならパニックを起こしてしまうだろうし、実際に読みながらパニックを起こした。が、森先生おなじみ本人によるナレーションによって無理やり現代に時間を巻き戻してくれるので、発作はなんとかおさまった。森先生はナレーションで豆知識を教えてくれるので、読んでいて楽しい。『創世のタイガ』は起承転結がはっきりるし、ストーリーが明瞭に、わかりやすく進んでいく様子を見ると、とてもロジカルで一貫した作風である。

異なる時代に飛ばされるということは、現代のロジックや法律、そして言語が何一つ通じなくなるというわけで、「生きる」という森作品の大きなテーマは、「生き延びるためのライフハック」「言葉の通じない人類との戦い」に分裂し、タイガたちの必死に生きる姿を描くことにより、「生」について二重に表現するのである。しかしながら、順応しすぎている登場人物たちを見るにつけ、文化人類学を専攻している大学生たちは、みなこういった知識を得ることができるのだろうか。あるいは、異国に行った際、思い出したように突然喋ることができる英語みたいに、突発的に出てくるものなのだろうか。とか思ってしまう。

言葉の通じない相手(それも相手は祖先かもしれない)に殺されるかもしれないという恐怖は、体験したものでないとわからないし、もちろんノンフィクションの世界に生きている私たちが理解することは絶対に不可能である。しかし、そのことこそが、この物語に描かれている大きなテーマではなかろうか? 

日本のとある島、を舞台にした『自殺島』では現在の社会で起きている不条理さ、生きづらさ、自死という、ある意味ではとても身近なテーマが描かれている。つまり、「この社会に生きる私たちが抱えている病」にどう向き合い、どう克服するかを「生と死」を通して考える、ということだと思うのだ。

一方で、古代へタイムスリップした『創世のタイガ』からはまず、「現代社会での病」が引き算され、未知の土地でどうサバイバルして、生き延びるか(どうすれば現代社会に戻れるかもわからずに、だ)が描かれていて、純粋な意味での「生と死」が描かれることになる。

もう少し深読みしてみるならば、私たちはこの古代でのサバイバル・ライフを見ることで、自分たちの社会から遠く離れた場所では「生と死」に向き合った暮らしを、今も送っている人たちがいることを想像するべきだと、作者の森先生が訴えかけているようにも思える。「古代」というモチーフはそのまま「他国」に置き換えられるし、私たちは、「他国」でいまだに生と死の問題がクリティカルなものとして続いていることに、あまりにも無関心すぎるのではないだろうか?。

確かに、身近には感じられないかもしれない。言葉もわからないかもしれない。自分のモノサシでは、はかれないかもしれない。それでも私たちは、遠くの土地で起きている出来事に対して、無関心でいてはいけない。身近なことと同じくらい重要なのだ、と森先生が訴えかけているように思える……と想像するのは、いささか深読みが過ぎるのだろうか。

創世のタイガ/Kouji Mori 2018 講談社