平方イコルスン先生の『スペシャル』。“文学系スクールライフ・コメディ”と銘打たれた同作品が描くのは、ヘンテコな高校生たちが過ごす、普通じゃない日常だ。読んでいると、シュールな世界観、軽妙なセリフ回しに笑いを誘われ、自然と顔がにやけてくる。
©平方イコルスン/リイド社

舞台はとある田舎の高校。転校生の葉野さよこは、隣に座る伊賀こもろが気になって仕方がない。なぜなら、授業中にも関わらず、ずっとヘルメットを被っているから。理由は分からない。そのうえ彼女は、驚異的な怪力の持ち主らしい。握っただけでシャーペンを粉々にしたり、「みんなが死んでしまう」という理由で体育を見学していたりする。

2人は仲を深め、親友のようにして日々を過ごすことになるのだが、こもろは、それでもヘルメットを被り続ける。その理由は、やっぱり謎に包まれている。分かったのは、好きな人を前にすると、照れてヘルメットがやや浮くということくらいか。少し変わってはいるけれど、内面は乙女なのかもしれない。


ほかのクラスメイトもやっぱり変。炊飯器や掃除機など、さまざまなモノを学校に備蓄する大石に、ガソリンが好きすぎる藤村(ハイオクはNG)。さらには、豆に異常な執着を示す会藤や、その会藤を執拗につねる筑前など……。一癖も二癖もあるキャラクターたちが次々に登場する。
この世界では、伊賀こもろの怪力をはじめ、登場人物の特長的な個性について、とやかく言ったりする者は少ない。この状況こそが、彼らにとって“当たり前”の日常なのだ。
だから、大石が備蓄のため学校に洗濯機を持参したり、会藤がつねられる痛みを仮死状態でしのぐ術を体得したりしても、「なんでだよ!」なんていうツッコミの言葉は飛んでこない。僕たちが生きる日常と近いように見えるが、何かが決定的にズレている。そのズレが面白さをじわじわと生み出していく。

ただ、転校生であるさよこは、この日常の異質さを一応受け入れてはいるのだが……。ときおり、こもろの怪力やヘルメットについて思案する。秘密に迫りたいという欲求と、そうすることで彼女を傷つけてしまうかもというためらい。その両方を抱えて、思い悩むこともある。いつの日か、こもろの謎が全て解ける日は来るのだろうか。


独特なキャラクター設定に加え、『スペシャル』の醍醐味ともいえるのが、登場人物たちが交わすやりとりだろう。とにかく、台詞回しが秀逸だ。話し言葉ではあまり使われない、熟語が頻繁に登場するのも特長的。
かしこまった文章などで使われるような固い言葉が、ひょんなところから聞こえてくるのは単純に面白い。語感の良いワードを的確にチョイスしているので、会話はとてもテンポが良い。ひとたび、その軽快なリズムに身をまかせれば、『スペシャル』の世界から抜け出せなくなるに違いない。
作中では大事件が起きるわけではないし、あっと驚くスリリングな展開が用意されているわけでもない。それでも、ちょっぴりクセのあるキャラクターたちは、悩みを抱えていたり、恋をしていたりと、それぞれの生活を営んでいる。
その光景は、たまらなくいとおしい。ずっと読んでいたい、もっと彼らと一緒にいたい。シュールな会話の連続にニヤリとしながら、そんな気持ちにさせてくれる作品が『スペシャル』だ。この感情をぜひ味わってみてほしい。
『スペシャル/平方イコルスン リイド社』