親子三代に渡ってリンクする不思議なお話『水域』は背中がぞわぞわする

レビュー

皆さんは子どもの頃に読んだ絵本で「これはめちゃくちゃ怖かった」という作品はあるだろうか。
私は「すてきな三にんぐみ」という絵本が怖かった。とにもかくにも何よりも、絵が怖かった。
内容ははっきりと覚えていないが、表紙だけは何歳になっても鮮明に思い出せた。黒づくめの3人と、赤い斧。もうそれは、恐ろしいおばけである。子どもにとって怖いものは全ておばけだ。今、内容をちょっと調べてみたら盗賊3人組が登場するハッピーな話らしいが。
そういえば「三びきのやぎのがらがらどん」も怖かったなぁ。がらがらどんの暴君っぷりに冷や汗をかいた。オチがけっこう衝撃的なので知らない人はぜひ読んでみてください。

さて今回私が紹介する『水域』という漫画。
さきほど例に挙げた絵本だが、大人になってから読むと、さすがに怖さは感じない。
しかし『水域』。これを読んだあと、私は背中がぞわぞわした。
それは子どもの頃に、あの絵本たちを読んだ時の感覚と同じだった。
なぜそう感じたのか?あらすじを紹介するとともに、これから書いていこうと思う。

水域
©漆原友紀/講談社

主人公の名前は川村千波。中学校の水泳部に所属する、どこにでもいる女の子だ。
季節は夏。千波の住む街は日照り続きで、下流域では給水制限も行われている。
そんな中での部活動は、水が使えずグラウンドでの体力づくり。千波は暑さに文句を言いながら体を動かしていた。
その態度を見た顧問は部員たちを煽る。
暑さと疲れと煽りにヤケを起こした千波は思いっきり走り出す。
そして、不思議な感覚に体が襲われた。

地に足が着いている感触がなく、まっすぐ走れない。
そうして千波は気を失ってしまった。

目を覚ますとそこは学校のグラウンドではなく、雨が降りしきる川辺。
暑さから解放された千波は吸い込まれるように水の中へ。
久々の「水」を思いっきり楽しんだ。

しかしそのうち、またふと目を覚ますと学校のグラウンドに戻っていた。
川で泳いだ記憶はある、が、気を失っているうちに見た夢、ということで納得した。

さて、作者である漆原友紀の代表作は『蟲師』である。
人々に影響を与え、様々な自然現象を起こす不思議な生き物(?)「蟲」を題材にした幻想的な世界観の漫画だ。
その物語性は、まるで昔話を聞いているような感覚に陥る。
古くから日本にある村、そこで暮らす老年の女性からぽつりぽつりと語られているかのような。
私は漫画も読んだし、アニメも全部観た。とても好きな作品である。

ラフなタッチと色濃いトーン使い。台詞の数は少なめ。表情などから感じられる、登場人物たちの影、心情。
その作風こそ、漆原友紀の一番の魅力だと思う。

そしてそれは、この『水域』でも遺憾なく発揮されている。

話を戻そう。
今度は自宅のお風呂で、意識を失ってしまった千波。
目を覚ますと、またあの川のほとり。少し嬉しい
周囲を歩き回っていると1人の少年、スミオと出会う。

スミオは川の近くの村で父親と2人暮らしをしていた。

家への帰り方が分からない(夢からの覚め方が分からない)千波は2人のいる家で一晩過ごすことに。
千波はスミオとその父親、2人が暮らす家、村に違和感と不思議な懐かしさを覚えながら眠りにつく。
そして目覚めると、現実世界に戻っていた。

その夢の話を、遊びにいった先の祖母に伝える千波。
すると祖母は「その村は昔、私が住んでいたところじゃないか」と言う。
千波がまだ2歳の頃、村を訪れたことがあるそうだ。
ただ昔のことで、村のこと自体は祖母もあまり覚えていないそう。

その後、家で居眠りをした千波は、またあの村へ行き着いた。
ふらふらと村を歩き回ってみると、おかしなことに気付く。
民家はたくさんあるのに、スミオと父親以外、人が全くいないのだ。
スミオもそれには気付いており、しかしどうしようもないからただただ父親と2人で日々を過ごしているのだという。

雨が常に降っていて、スミオたちしかいない村。
それまではただの夢だと思っていた千波だったが、この不思議な体験はつまり、現実世界とリンクしているんだという答えを導き出す。

母親に起こされて目覚める千波。自分の世界に戻ってきたのだ。
千波は寝ぼけてスミオの名前を出す。すると母親の表情が変化した。

どうやら千波の母親はスミオのことを知っているようだ。
そして千波からの話を聞いた時に「村のことは何も覚えていない」と言った、祖母。
祖母も実はスミオのことを知っていた。さらにここで「竜巳」という男性が登場。
この『水域』という物語は、ここから核心に迫っていく。

このあとのストーリー展開はご自身で読んで頂くとして、察しの良い方ならもう気付かれたかもしれない。
「日照り」「給水制限」「川」「雨」「村」などのキーワードから連想できる言葉。
あえて書かないが、それが物語の重要ポイントである。
「それ」に振り回される人々の暮らし。考え。人生。
ファンタジー色は強いが、どこか薄暗い時代背景が見えてくる。

漆原作品は、語弊があるかもしれないがその「薄暗さ」こそ魅力ではないかと思う。
タイトルにも書いたが、背中がぞわぞわしてしまう。ただ、感動物語ではなく、ホラーの怖さでもない。
言うなれば神秘、幻想。
人間が触れてもいいものではない領域を、克明に描いているように感じる。
彼女の作品が好きな人なら、分かって頂ける話ではないだろうか。
この『水域』でもそれが存分に味わえるのだ。

上下巻という、漫画の中では短い部類のこの作品だが、その深みはとんでもない。
まるで自分が水の底に沈んでしまったような感覚を覚える。

水域/漆原友紀 講談社