楽しく数学アレルギーに立ち向かう!『数字であそぼ。』

レビュー

「数学」にまつわる苦い記憶を掘り起こすキャンパスライフコメディ

「数学」、というか「数字」、好きですか? 
筆者は率直に言って、「数字」が苦手である。
学生の時、具体的には高校2年時の「数学B」で初めてテストで一桁の点数を取り、通知表に5段階評価で「1」がつくという体験をして以来、「自分は数学ができないタイプの人間だ」という確信を抱いており、以来「数学的な気配のするもの」一切を遠ざけながら、「私、数字ダメなんだよね~」と自分にも他人にもヘラヘラと開き直ってここまで来た。
しかし、いい大人になると結構…「数字ダメなんだよね~」では済まされない局面が、たびたび訪れる。そのたびに、自分は欠陥人間のような気がして凹んでしまうのだ。

そんな境遇にある大人たちにぜひ読んでほしいのが、『数字であそぼ』(絹田村子)だ。

数字であそぼ。
©絹田村子/小学館

主人公・横辺建己(よこべ・たてき)は、子どもの頃から成績優秀で周囲からの期待も厚く、いずれは著名な研究者を多く輩出している関西の雄・吉田大学(京都大学がモデルと思われる)の理学部に進み、ゆくゆくはノーベル物理学賞を受賞するような研究を…と将来を嘱望される18歳。
そして実際、彼は吉田大学理学部に現役入学を果たすのだが、そこには彼にとって予想外の展開が待っていた。

記憶力だけで乗り切ってきた優等生が味わう、初めての挫折

自信と希望に満ちあふれていた建己は、「微分積分学」の講義でいきなり打ちのめされる。
先生の言っている意味が、問題の意味がわからない。何がわからないのかがわからない。
明らかに自分の能力が、講義で求められるレベルに達していない…。
生まれて初めて大きな挫折感を味わった建己は、そのままいきなり2年間、大学に行かずに下宿先に引きこもってしまう。
 

(つ、つらすぎる…!)(でも、だんごはかわいい…!)

授業に出ていないのだから、もちろん単位は取得できておらず、当然留年する。
2年が過ぎ、「このままだと卒業できなくなるよ(要約)」という通達が届いたことがきっかけで、なんとか再び大学に行き始めるのだが、そこで出会った留年仲間によって、根本的なことを思い知らされる。

建己がこれまで成績優秀だったのは、実は驚異的な(というかギャグ的な)記憶力のおかげだった。英単語も、歴史上の出来事も、そして数学の公式や定理も…一度見たものを完璧に覚えてしまうという特技のみで、高校までの勉強を乗り切ってきたクチだったのだ。

「自分が今までしてきた勉強とは何だったのか…!?」
ガラガラと崩れ落ちる自信に再び心が折れそうになりつつも、賞賛されて育ったことによるのか、持ち前のポジティブで素直(?)な精神で、建己はなんとか、大学での数学に立ち向かっていく。
がんばれ、建己…!

建己と一緒に考えてみる。「学ぶ」ってどういうこと?

本作の紹介文には、「数学×爆笑キャンパスライフ!」という文言が踊っている。
その通り、本作は笑えるキャンパスライフを描いたコメディではあるのだが、そのノリを通じて柔らかく語られるのは「数学を、学問を“学ぶ”ことの本質」というテーマだ。

筆者は教育関係者ではないので詳しいことはわからないが、「知識を詰め込む」「覚える」ことをイコール「学ぶ」こととするような考え方は、たぶん、長らく、日本の一般的な学校教育では、標準的なものだったのではないかと思う。
建己ほど極端ではないにしても、学校で良い成績を修め、より上位の高校や大学に合格するために最も必要とされてきた能力は、たしかに「記憶力」だった気がするのだ。

しかし、これは大学に入学してから、あるいは卒業して社会に出てから、リアルに体験する人も少なくないと思うのだが――本当の意味での「学ぶ力」は、「覚える力」とイコールでは決してない。基礎的な知識が身についていなければそれを土台にして「考える」こともできないから、「覚える力」があることはもちろんマイナスではないが、知らないこともアレクサに聞けば教えてもらえるような今日、「覚える力」の価値が下がっていることは間違いない。

そんなことを日々、実感しながら本作を読んでみると、周りの「数学がわかる」学友が建己に浴びせる言葉は、結構、刺さりまくるものがある。
 

筆者が「数字ダメなんだよね~」で回避してきてしまったのは「数学的なもの」にとどまらず、「覚える」ことだけでは対応できない、「理論的なもの」全般だったのではないかという気がしている。
もし同様の焦り、不安、後悔を抱いている人がいたら、ぜひ建己と一緒にこの作品で、その「ダメなんだよね~」という「数学アレルギー」に、筆者とともに立ち向かってみてはいかがだろうか。
大丈夫、怖くない。端々で笑わせてくれるので、楽しみながらついていける。

ちなみに、たまたま先日この作品を理系出身の女性にすすめてみたところ、とても好評だったことも合わせて記しておきたい。あちらではどちらかというと、建己の友人たちが語る「理系的感覚」が「あるある~!」という感じで楽しめるようだ。
というわけで、文系出身者も理系出身者も、手に取ってみてほしい作品だ。

数字であそぼ。/絹田村子 小学館