並んで待つことで生まれる少女たちの友情もある!『待機列ガール』

レビュー

『待機列ガール』は、日本でも類を見ない、並ぶ漫画だ。
しかも「行列」ではない。待機列だ。始まる前に形成された列の中、止まったまま数時間を過ごすという、過酷極まりない空間。
本作はとても漫画の題材にならなさそうな題材をテーマに、思春期の友情、自らの成長、日本の行列文化等を巧みに見せるエンタテインメントになっている。

待機列ガール
©Nagian/Cygames・講談社

待機列は自分との戦いだ

才色兼備で帰国子女、学校では一目置かれている優等生の日向麗陽(ひなた・ならび)。彼女は隠れオタクで、モバイルゲームから結成されたアイドルグループ「シャイニー☆スター(シャイスタ)」のファン。
シャイスタは今や押しも押されもせぬ大人気グループ。チケットはいつも瞬殺、物販には長蛇の列。

ライブの開始は16時。しかし麗陽が訪れるのはAM6時。10時からはじまる物販を買うためだ。と言っても始発で来ても、すでにものすごい行列ができている。
並んだはいいけれども、そこは待機列。前に1ミリも進むことはない。物販が開始しても、歩みは牛歩。過酷なことに、10時間並んだからといってグッズが買えるわけでもない。無残にも、完売の声が聞こえてくる。
怒ってはならない。事実をただ受け入れるのだ…! つらい。

待機列と友情

あるあるネタで笑わせてくれるパートもあるが、内容はまっとうな青春物。「好きなものをまっすぐに好きでいられるか」を描いた作品だ。

誰にも自分の趣味を言わなかった麗陽に初めてできた趣味友達の、塚田のの。麗陽と同級生の、内気でおとなしい少女だ。二人共シャイスタが大好き。しかし麗陽は学校でのオタクバレが怖くて、ののと話している時は変装をして別人を名乗っていた。
ののはそれを知っていて、友達でいたいから言及しなかった。心の距離を感じさせる、歯がゆい関係だ。二人共、一緒にいて楽しいはずなのに。

仮に誰かと待機列に並ぶことになるとする。その場合お互いが打ち解けあっている相手じゃなかったら、一緒に待っている間ずっと拷問のようなものだ。自分も相手も、並ぶくらいそれが「好き」だと通じ合っているからこそ、何時間も共に並べるのだ。
1人で待つのと、複数人で待つのでは、耐えられるものが極度に違う。むしろ、一緒に並ぶこと自体が楽しくなることだってある。

ののと麗陽は一緒に並ぶことを楽しんですらいた。特にののにとっては、初めての友達とのデートのようなもの。はりきりすぎたののが、登山にいくような荷物を持って待ち合わせ場所にくるシーン、孤独だった彼女の幸せが垣間見えてほっこりする。
気持ちを押し殺しがちなのの。嘘をついている麗陽。
シャイスタ友達であり待機列友達である2人の関係を誠実なものにするために「正直であろう」とする2人の一歩は、青春の葛藤そのもの。

好きなものを好きだと言えない2人を、客観的に見ている駒ヶ峰綾瀬(こまがみね・あやせ)が、一般人視点として描かれていて面白い。さほどシャイスタにハマっているわけでなく、待機列経験もそんなにない彼女は、並ぶファン心理の異常さにツッコミを入れる。
同時に真面目に並ぶ麗陽やののの、ファンとしてのまっすぐな愛情は、高く評価している。綾瀬の助言はインナー気味なののと麗陽を叱咤激励。2人の目を覚まさせる役割を持ちながら、彼女もまた2人と友情を育んでいく物語構造がうまい。

待機列のタブー

この作品は、日本の待機列文化における問題にも鋭く切り込んでいる。
待機列文化の問題を表現するキャラクターとして登場するのが小陰麻皇(こかげ・まお)。彼女は数々のタブーを繰り返す。
チケットをオークションで買う転売、現場に先に入るため前日から並ぶ徹夜組、イベントで物を買うために他人に乗っかってサークル入場するサークルチケット利用(これは悪ではないけれども)、などなど。

中でも徹夜組と転売は、絶対にしてはいけない禁止行為。しかし、待機列ができるような大きなイベントでは毎回横行しているのが現実。真面目に戦い続けてきたファンである麗陽は、これを許せるはずがない。
途中まで麻皇は「待機列の悪」の象徴として描かれるが、5巻になると彼女の心理状況も綿密に描かれ始める。彼女の中にも、待機列にまつわる、人間関係の苦しい葛藤があった。
待機列に並ぶということは、ルールに従い誠実であろうとするファン心理の現れ。生き方の表現だ。

それでも私達は並ぶ

まあ、いろんな思惑があったとしても、並びたい人なんて誰一人いるわけがない。
けれども麗陽は並ぶ。例え目的が達成されなくても並ぶ。買えなかったり落選したりと悲しい結果になっても並ぶ。
それがのの達と友情を育み、麻皇と真剣に意見をぶつけあい、みんなで成長していくきっかけになった。好きだと思っていたもので悩み、仲間ができることでさらに好きになる。
待機列は、好きを磨き自分を見つめ直す修行の場なのかもしれない。
苦行な待機列で磨かれた友情は、ちょっとやそっとじゃ壊れないはずだよ。

待機列ガール/凪庵 講談社