全国の小学生を女装男子好きにした罪深い漫画『少女少年』をあらためて読んでみた

レビュー

小学生のころ、私は小学館の学年別学習雑誌を購読していた。この字面ではピンと来ないかもしれないが、「小学○年生」という名前の雑誌といえば分かってもらえるだろう。

名前通り、「小学一年生」から「小学六年生」までの6種類があり、進級するごとに買う雑誌を変えていくという仕組み。しかし、発行部数の減少などの事情により現在は「小学一年生」を除いてすべて休刊していることを知り、時代の流れを感じてしまった。

それはさておき。当時の「小学六年生」で連載されていて、今もときどき本棚から単行本を取り出して読み返すほど思い入れが深い漫画がある。やぶうち優先生の『少女少年』シリーズだ。

少女少年
©やぶうち優/小学館

「少女」と「少年」の境界で揺れ動く子どもたち

『少女少年』シリーズは、1997年~2004年にかけて「小学六年生」(連載後期は「小学五年生」)で連載されていた作品。また、当シリーズの完結後、番外編的な位置づけとして「ちゃお」で『~少女少年~ GO!GO!ICHIGO』が連載された。

子どもたちの総称という意味の「少年少女」ではなく、「少女少年」。女の子みたいな男の子。今風にいえば、男の娘である。

全7巻だが、毎年読者が入れ替わるという雑誌の性質上、ストーリーは1巻ごとに独立している。どのシリーズも、おおまかなあらすじは以下の通り。

(女装前)

(女装後)

①ごく普通の男子小学生である主人公が、遊び半分で女装をしている。あるいは、女装するまでもなく女の子のようにかわいい。

②その姿が芸能プロダクションのマネージャーの目に留まり、美少女アイドルとしてスカウトされる。

なお、このマネージャー「村崎ツトム」だけは、どのシリーズにも同じ名前と役どころで登場する。

③他のアイドルにはない中性的なオーラ(そりゃそうだ)を武器にして芸能界で活躍するが、様々なトラブルに巻き込まれる。

④最終的に男であることがバレてしまい、芸能界を引退して元の生活に戻っていく。シリーズによって結末は少々異なるが、ハッピーエンドなのは変わらない。

女性用の水着を着たり。女の子と同じ部屋で着替えさせられたり。ドラマの撮影で男性俳優とキスシーンを演じたり。女装をしているからこそ起きる数々のハプニングは、当時の小学生読者を釘付けにしたのは言うまでもなく、大人になった今読んでもドキドキしてしまう。

そうしたアブノーマルなコメディ要素も見どころのひとつではあるが、どのシリーズにも共通して描かれているのは、「境界」の狭間で揺れ動く、小学生の心の機微だ。

「男の子」と「女の子」。「芸能人」と「一般人」。いくつもの境界を行き来して、主人公たちは「子ども」から「大人」に成長していく。

連載されていた雑誌が「小学六年生」「小学五年生」だったのは、おそらく明確な意図があったのだと思う。現実の小学生も、ちょうどこの時期に初潮や精通を経験し、自分の体や心に起きている変化に気付き始める。当時の子どもたちもまた、『少女少年』を読みながら大人の階段を上っていったのだ。

あなたの好きな「少女少年」は誰ですか?

おおまかなあらすじは同じと書いたが、ワンパターンと言っているわけではない。

むしろ、「男の子が女装して芸能界で活躍する」という大枠は同じなのに、シリーズごとにまったく違う物語として楽しめるのが本作の特徴といえる。特に、長編ドラマさながらのストーリーが展開される「Ⅱ-KAZUKI-」、主人公がプライベートでも女装しているという点で「男の娘」のイメージに最も近い「Ⅳ-TSUGUMI-」は、ファンの間でも人気が高い。

そんな『少女少年』シリーズの中でも私がおすすめしたいのは、6巻の「Ⅵ-NOZOMI-」だ。

主人公の谷川光は、ある日、自分によく似た「男の子」に街中で出会う。「彼」の正体は、男装して仕事を抜け出した売れっ子アイドルの青葉のぞみだった。

男装したのぞみと勘違いされた光は、マネージャーの村崎に芸能事務所に拉致されてしまう。別人だと分かってもらえたものの、仕事に穴を空けられないという村崎の頼みを断りきれず、女装してのぞみの代役をする羽目に。

当然、そのことはのぞみにすぐバレるものの、これで好きなときにサボれると、それ以来のぞみは何度も光に身代わりを頼むようになる。

最初のうちは、自由に休めるようになって上機嫌だったのぞみ。しかしあるとき、光が入れ替わっているときのほうが周囲からの評判が良いことに気づいてしまい……。

同じ顔の別人が自分の地位を奪おうとしているという、まるで映画『フェイス/オフ』のようにスリリングな展開。男女のダブル主人公の形を取っているのも、シリーズの中では「Ⅵ-NOZOMI-」だけ。物語の結末はぜひ、本編で確認してほしい。

各シリーズのストーリーは独立しているため、この6巻から読み始めても大丈夫。1巻から順番に読んでいけば、やぶうち優先生の絵柄の変遷も堪能できる。バリエーション豊かな作品の中から、あなたのお気に入りの「少女少年」を見つけてみてはいかがだろうか。

少女少年/やぶうち優 小学館