意外性しかない!学食のおばちゃんが主役の恋愛漫画『うどんの女』

レビュー
うどんの女
©えすとえむ/祥伝社フィールコミックス

「やられた」と思った。

この漫画を読んで、この発想に気づけなかった自分に悔しさを感じるほどだった。(漫画を描いているわけでもないし、漫画の編集者というわけでもない。ただの漫画好きなのだけれど。)

「やられた」と思った理由は二つある。

まず、「学食のおばちゃんと大学生の恋愛」という設定。
恋愛対象とならないような組み合わせからどのように恋愛のきらめきを生み出すのか。イメージを上手く利用した設定だ。
そして「うどん」というモチーフ。
裸の男女がうどんに埋もれながら顔を出す、といううどん好きにはたまらない(?)であろうインパクトの強い表紙。読めば「うどんの女」というタイトルに納得でき、「うどん」を上手く機能させている点に膝を打つ。

では、それぞれ紹介しよう。

「学食のおばちゃんと大学生の恋愛」というアンマッチ

バツイチ・出戻り・35歳の「学食のおばちゃん」村田 チカ。

白の三角巾にエプロン。彼女は淡々と学食のうどんを出す。平均年齢50歳の中で働く彼女は「老け込みそうで怖くって」、私服は女性らしい格好をしているものの、大学生から見れば「学食のおばちゃん」という記号化した存在だ。

そして油絵科の大学生・キノ。
絵の具で汚れたつなぎを着ていつもうどんばかりを頼む。チカから見たら「今の子」と呼んでしまうくらいに若くて世代がちがう存在だ。

お互いに恋愛対象から外れている二人。
彼らが惹かれ合う過程に、それぞれの自意識過剰とも取れる妄想が関係している。

チカは毎日うどんを頼むキノに対してある日考える。「この子…私に会うために」うどんを食べに来ている、と。そして仕事を淡々とこなしながら妄想を楽しむ。

それは老け込むことを恐れる日常に、楽しさを生み出すための微かなスパイスとも言えるだろう。

一方キノはそんな妄想をしているうちにミスをするチカに対して「この人俺のこと」好きなのか、と考える。

そんな意識がある中「学食のおばちゃん」チカの女性らしい私服を見かけ、「学食のおばちゃん」を「女性」に変換して下着を妄想する。

それぞれの妄想が「学食のおばちゃん」と「大学生」という記号化された関係から「チカ」と「キノ」という男女のパーソナルな関係に変えていく。そしてもともと二人は「大学内にいる」という距離的には近い関係だ。顔を合わせることは多く、互いの存在を認識しやすい。
自分の中だけで楽しむ妄想が徐々に相手への好奇心に変化していき、次第に強く意識をする様子が恋愛描写にリアリティを持たせる。

恋愛バロメーターが、うどん。

チカはキノにとって「うどんの女(ひと)」だ。「A定食の女」でもなく「ラーメンの女」でもなく、「うどんの女」。
チカを意識しだしたキノは、ある日、「うどん」という作品を描く。うどんが絡み合い滑らかに流れているようなその絵はどこか色っぽいのである。(これは本作で確認してほしい!)

そしてついにはうどんにすら性的興奮を覚えるようになるのだ。

これは単なる「うどんフェチ」でも「熟女好き」でもなく、「学食のおばちゃん」であるチカのことも含めて好きであるということだ。
昔、ある事情で他にできる仕事がなく「学食のおばちゃん」になるしか選択肢がなかったチカ。今の存在を丸ごと受け入れてもらえることは彼女にとって重要な意味となるのである。
しかし、ある人物がきっかけでキノはチカの列に並ぶことを避けるようになる。

キノが並ぶ列を変えたとき、「うどん」じゃない!と私もショックをうけた。
キノからチカへ向けて「恋愛は押して引け」の作戦がベタに繰り広げられているかと思いきやチカはむしろ、キノはうどんが好きなのか好きじゃないのかを気にしだす。

学食の中の安くて(98円!)地味ポジションのメニュー「うどん」の女であるチカは自分に対して自信が持てず、キノとのうどんの列だけの関係を恋愛感情に発展させることができないのだ。

気持ちが盛り上がったり、不安がよぎったり、やっぱり好きかもって思ったり……じれったい二人の恋愛にはいつも「うどん」がそばにある。キノがうどんを食べれば食べるほどチカとの距離が近づいていくさまは艶めかしくもある。

読んだ日は無意識にうどんを食べたくなり、うどんをすすりながら「あ、やられた」と思うことだろう。

うどんの女/えすとえむ 祥伝社