当たり前を当たり前じゃないものに。海賊たちが生きた時代『ヴィンランド・サガ』

レビュー

おじさん臭いことを言うが、歴史にはロマンがある。

現代のようになんでもかんでもデータで残る時代じゃない訳で、いくら文献を読み込んでも人々の暮らしの隅々までは分からない。
だからこそ「あの頃はこうだったんじゃないか」と想像することが歴史の楽しみ方の一つだ。
歴史に思いを馳せること。ロマンだ。ロマンでしょ?ロマンです!

しかし「あの頃」は殺し合いや略奪、奴隷制が当たり前に存在していた。
現代に生きる中で、特に日本に住んでいるとなかなか理解できない感覚だ。ロマンという言葉だけで歴史を見ていて良いものか?時々、考えてしまう。

どこにも記録が残っていない悲しい話や、薄暗い気持ちになる出来事も数多いだろう。虐げられ、苦虫を噛む人だっていたはずだ。
それが「当たり前」。いつも通りの日常で、普通だった。

『ヴィンランド・サガ』はその時代の「当たり前」を変えようとする人物たちの物語である。

ヴィンランド・サガ
©MAKOTO YUKIMURA/講談社

およそ西暦約800年からその後300年ほど、西欧諸国などで力を誇示した勢力、ヴァイキング。つまり、海賊。
『ヴィンランド・サガ』は、そんな荒々しい男たちが闊歩する時代に生きた、一人の変わり者に焦点を当てた物語だ。

主人公の名前はトルフィン。生まれはどこにでもある寒い地域の漁村だった。

トルフィンは明るく元気な少年だった。
裕福な暮らしとは言えなくても、家族に囲まれて、良い意味で平凡な毎日を送っていた。
が、伝説的な戦士である父親が殺されてしまう場に立ち会ってしまった。

父親が戦った相手は傭兵集団の長、アシェラッド。
「奴を殺し、父親の仇を取る」という復讐の気持ちを抱いたトルフィンは、目的達成のためにアシェラッドの傭兵団と共に行動する道を選んだ。
これが『ヴィンランド・サガ』の、最序盤のストーリー。

ヴィンランド・サガ
©MAKOTO YUKIMURA/講談社

1巻の表紙、21巻の表紙に登場している人物は、どちらもトルフィンである。
背丈が伸びているのがお分かり頂けるだろう。

2019年2月時点で21巻まで発刊されているこの漫画のストーリーは、トルフィンの成長と共に、大きく3つに分けられる。

まず先ほど紹介した、アシェラッドたちとの生活は「少年編」。
ある出来事で奴隷に身分を落とす「奴隷編」。
そしてその後、仲間たちと一緒に旅をする「商人編」である。

「奴隷編」という物騒な単語が登場したが、しかし、変に思わないで欲しい。
それがその時代の「当たり前」なのだ。
そういう制度を含んで、社会が回っていた。

ここからは物語の内容を、至極簡単に追っていこうと思う。

アシェラッドの傭兵団で戦う技術を身につけたトルフィン。
復讐の炎に体を焼かれながら、アシェラッドの指示を実行する毎日を過ごしている。

傭兵団の仕事は主に、人殺し。
戦争に参加し、指定された村を襲ったり、敵軍と戦ったり。
その中では略奪が横行し、女性を暴行する男たちも当たり前のように存在している。

そんな中、アシェラッドは敵軍に捕らえられたデンマークの第2王子クヌートを助け、莫大な報酬を得ることを思いつく(裏に別の意図が隠されているが)。
順調に事は運び、そうして、トルフィンとクヌートは出会った。
この2人の関係性が物語の重要なポイントである。

「少年編」の最後は怒涛の展開を迎えるが、そちらはぜひご自身の目で確かめて頂きたい。

そして、前述した「ある出来事」で奴隷の身分になったトルフィン。

豪農、ケティル家が運営する農場で奴隷として働いているトルフィン。
そこに奴隷になったばかりのエイナルが買われ、やってきた。

トルフィンには少年時代のような覇気はなくなっていた。
その状態を見たエイナルは、積極的にトルフィンへ関わる。

「奴隷」という薄暗いイメージの強い立場の2人ではあるが、ケティル農場での生活は、特別ひどいものでない風に描かれている。
ごく稀だったのかもしれないが、言わば奴隷は、自分のお金で買った所有物。物を雑に扱わず、長く使うこと。確かに筋が通っている。

だがそれでも奴隷は奴隷。人を物扱いすることを理解できない方は多いはずだ。
実際私は、これを書きながらトルフィンたちを「所有物」と表現し、なんだか嫌な気持ちになっている。

農場での生活の中、エイナルや周りの人間からの影響を受け、復讐心に染まっていた過去の自分との決別を決意するトルフィン。
そして「奴隷編」の最後で、エイナルとともにヴィンランド(緑の豊かな土地)へ行き、世の中から虐げられている人を集め、平和な国を作るという目標を掲げた。

地獄のような戦いの中に身を投じた少年時代。
そして奴隷として働き、身分の差で生じる不条理、自分の無力さを思い知ったトルフィン。

この時代に生きていて起こる「当たり前」。
その「当たり前」は正しいものではないと、経験を通してトルフィンは感じたのだ。
だから、自分たちの価値観にあった、平和な国を作りたい。
これが『ヴィンランド・サガ』という漫画の根幹である。

その後トルフィンたちは、国を作るための資金集めが理由で、商人として旅に出る。
それが「商人編」。2019年2月現在、進行中のストーリーだ。

もちろん順風満帆、何事もない平和な旅ではない。
しかし彼らの中にある信念が垣間見えて、私は応援せずにはいられない。

『ヴィンランド・サガ』は2019年にアニメ化される。
今までよりも注目されることだろう。原作者ファンの私としては嬉しい限りである。

ぜひとも今のうちに原作を読んで、アニメ版との違いも楽しんでほしい。

ヴィンランド・サガ/MAKOTO YUKIMURA 講談社