連続幼女殺人事件の犯人像と、被害者のトラウマを描いた『闇の果てから』は子どもも大人も読むべき

レビュー

「子どもに読ませたい漫画はあるか」と聞けば、きっとたくさんの答えが帰ってくるだろう。

感銘を受けた漫画や、面白かったギャグ漫画、偉人の功績を描いた漫画など、私もたくさんの読んでもらいたい作品が浮かんでくる。

そんな中で、とりわけ「子どもがある程度大きくなったら、必ず読んでほしい」と思っている漫画がある。単純に面白いとか、そういう理由からではなく「こういう危険があることを知ってほしい」という願いからだ。

連続幼女誘拐殺人をテーマにした漫画『闇の果てから』である。この作品を初めて手に取ったのは、小学生の高学年くらいの頃だったと思う。普段そんなことはしない母から「読んでおきなさい」と手渡されたのがきっかけだった。

幼女の遺体第一発見者は、性被害のトラウマに苦しむ女性だった

闇の果てから
©津雲むつみ/集英社

主人公の佐野貴子(さの たかこ)は漫画家のアシスタントをしている22歳。

貴子は5歳の時に、兄の担任教師の男に強姦された過去を持つ。その後叔父と叔母に養女として引き取られ、ふるさとを離れ東京に出てきた貴子だったが、成人してもなお、重度の男性恐怖症に苦しめられている。

ある早朝、愛犬のバブの散歩のために川沿いを歩いていた貴子は、草むらの中に幼女の遺体が遺棄されているのを発見し、ショックで気絶してしまう。

幼女は数日前から行方不明になっており、何者かによって殺されたのち、犯された痕跡があった。第一発見者である貴子のもとに担当刑事である高橋克己(たかはし かつみ)が訪れ事情を聞こうとするが、過去の忌まわしい記憶が蘇った貴子は拒絶反応を起こしてしまう。

『闇の果てから』は、連続幼女殺人事件の犯人の心境と、被害に遭った女性の苦しみや歩んでいく姿を並行して描いたサスペンス作品だ。

犯人の、幼女に対する執着が描かれた衝撃作

一連の事件の犯人として登場する松永俊(まつなが しゅん)は、成長期の経験から、幼女しか愛せなくなってしまった。

彼は自分だけの「天使」を探して街を徘徊し、親とはぐれてしまった少女や狙った女の子を見つけては、声をかけたり、誘拐するタイミングを見はからうためにストーキングしたりしていた。

作品内では、幼女への執着に対し、成人女性に対しては暴言を吐くなど、松永の極端な性的嗜好や性格がたびたび描かれている。中には思わず目を背けたくなるようなシーンもあるが、生々しい描写があるからこそ、このような幼女へのわいせつ事件が実際に起きていることを考えさせられるきっかけにもなる。

高橋をはじめ刑事たちは、「第2の犠牲者を出すまい」と犯人の手がかりを掴もうと躍起になるが、手がかりは事件発覚の朝に河原付近で目撃された「白いワンボックスカー」のみであった。

そんな警察たちの焦りをよそに、松永はすでに「第2の天使」を探し始めていた……。

大人にも、子どもにも読んでほしい「教科書的作品」

小学生高学年の頃、母から手渡された『闇の果てから』。

性的な知識もあまりなかった当時の私は、この作品を読んで大きく衝撃を受けた。子どもの頃は「大人がすることは正しい」とか「大人は子どもを守ってくれる」とか、今思えば大人に対して無根拠で絶対的な信頼感のようなものがあったため、まさか自分たちのような子どもに性的な欲望をぶつけようとする大人が存在することなど考えすらしなかったのだ。

母は私が幼かった頃から、しばしば「知らない人に付いて行っちゃダメ」と忠告をしていた。その理由はぼんやりとしか分からなかったのだけれど、『闇の果てから』を読んではじめて、母の忠告の意味をすべて理解し、種明かしをされたような気持ちになったのを覚えている。

5歳で被害に遭ってから男性恐怖症になってしまった貴子は、愛する男性のために少しずつ、少しずつトラウマを克服しようとする。痛々しいけれど、必死に前を向いて生きていこうとする貴子には思わず感情移入してしまう。

ただただ性被害の事件を漫画にしただけではなく、大人になった被害者の後遺症をメインテーマとして描いた津雲むつみ先生に、私は1人の女性として敬意を表したい。

『闇の果てから』は全3巻。子どもを持つ女性はもちろん、そうでない方にも、ぜひ一度は手に取ってみてほしい作品だ。

闇の果てから/津雲むつみ 集英社