史上最も「野球知らなくても面白い」球児漫画。『高校球児 ザワさん』

レビュー

『高校球児 ザワさん』は、2008年から2013年にかけて「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載された作品。

高校球児 ザワさん
©三島衛里子/小学館

野球の強豪校・私立日践学院高校の野球部に、マネージャーではなく選手として所属する唯一の女子部員・「ザワさん」こと都澤理紗(みやこざわ・りさ)と、彼女の周辺の人物を中心に、高校球児たちの3年間を描いた漫画だ。

1話8ページの短編連作で、ちょっとしたスキマ時間にも読みやすい作品であると思う。

野球知識不要。不思議で愛らしいザワさんと球児たちの日常

高校の野球部が舞台でありながら、本作を読むにあたって野球についての知識はまったく必要ない。
物語序盤でおもに描かれるのは、ザワさんという存在の特異さ、異質感、そしてそれによって増幅されるザワさんの愛らしさ(もっとハッキリ言うなら、フェチ的な魅力)と、「高校球児」という存在が大人にもたらす、ノスタルジーを含む憧憬のような感覚だ。

甲子園ですれ違った他校生、バッティングセンターの店員、電車でたまたま向かいに座った通勤客、クラスメイトの女子、そしてチームメイトであり、ザワさんと日ごろから行動を共にすることの多い日践野球部の同期メンバー。
彼らの目を通じて“発見”される、「女子の野球部員」という存在が、その外見から与えられるちょっととっつきにくい印象が、そして言動から見え隠れするちょっと意外な性格が、少しずつ描かれていくのだ。
ザワさんの一挙手一投足にドキドキしてしまわずにはいられない高校球児たち。そして彼らの中に自身の過ぎ去った高校時代を重ね、ちょっと切ない懐かしさを覚える大人たち。
それらの描写は、おそらくこの作品のメインターゲット層だった20代~30代男性の共感を誘う要素が強かっただろうと思われる。

広がりながら深まっていく、ザワさんたちの静かな内面の動き

しかし物語が進むにつれて、描かれる世界はじわじわ広がっていく。
まず、ザワさんの実兄でチームのエースである「こうじさん」こと都澤耕司の存在が、やがてその(これまた意外な)実態が明かされる。
さらに、いわば「モブ」的な、読者の代弁者として存在していたように思われたザワさんのチームメイトたちの個性も際立っていく。家族、過去、将来、友人、恋愛、趣味、そして野球に対してのそれぞれの向き合い方。そういったものが描き足されていくのだ。
そして、序盤ではほとんど描かれなかった、ザワさん自身の内面も少しずつ明らかになっていく。
中学時代からの流れで、兄の影響で、なんとなく強豪校の野球部に女子部員として所属するに至ったものの、規定により公式試合に出場することはかなわない。男子たちと同じ環境で同じように努力していても、そこに決定的な壁があることを意識せずにはいられなくなる。
多感な年ごろであればこそ、男女間の微妙な感情の機微だって、どうしても発生する。
これは作者自身が女性であるからこそ描ける生々しさ(もともと、クラスメイトの女子がザワさんに向ける視線や、彼女らに対するザワさんの態度の描写など、絶妙にリアルではあったが)であると思う。

その後のザワさんたちに会える。『なんしょんなら!! お義兄さん』

最終的に「高校球児」としてのザワさんがどんな道を選んだのかは『ザワさん』の結末で確かめてほしいのだが、さらにその後、大人になったザワさんたちの様子は、ザワさんの夫(筆者は実は最近気づいたのだが、『ザワさん』にもちゃんと登場していた!)が主人公の『なんしょんなら!! お義兄さん』で見ることができる。

なんしょんなら!! お義兄さん
©三島衛里子/小学館

掲載媒体が変わったこともあるのか、よりわかりやすい「コメディ」として描かれているという違いもあり、もちろん全く単独の漫画としても成立しているのだが、懐かしい友人に再会するような嬉しさを感じさせてくれる作品になっている。
ぜひ『ザワさん』読了後に読んでみてほしい。

今回改めて『ザワさん』シリーズを読み返してみて感じたことに、真夏の炎天下での試合、前時代的なしごきなど、高校野球をはじめとする「過酷な中高生の部活動」にいろいろと批判も高まっている現在では、もしかしたらこういった作品は生まれにくくなっているのではないか、ということがあった。
そういう意味でも、今となっては貴重な漫画といえるかもしれない。

高校球児 ザワさん/三島衛里子 小学館
なんしょんなら!! お義兄さん/三島衛里子 小学館