編集者の視点で選ぶ! 本づくりに情熱をかける“本のオシゴト”漫画3選

まとめ

ここを読んでいるあなたは、人並み以上には漫画が好きですね。でも、漫画がどうやって出来上がるのかは、知らない人も多いのではないでしょうか?今回は、本を愛す人にこそ読んでもらいたい、本ができるまでを描いた作品を紹介します。出版・編集と聞くと、華やかなイメージもあるかもしれませんが、じつは作業のほとんどが地味なもの。それでも、編集者と作者の間で生まれる困難や、人間ドラマがたくさんあります。そんな“本のオシゴト”の魅力を、編集者でもある筆者の視点と併せて紹介したいと思います。

読者と漫画家をつなぐべく、漫画編集者がひた走る『重版出来!』

重版出来!
©松田奈緒子/小学館

出版社・興都館の新卒採用試験を受けた大学生・黒沢心。彼女はオリンピックで日本代表を目指せるほどの腕を持つ柔道選手でしたが、ケガにより挫折した過去がありました。就職面接にて、柔道に打ち込む自分を支えた漫画で勝負していくことを宣言し、無事合格。週刊少年漫画誌「週刊バイブス」に配属されます。持ち前の明るさと情熱で先輩編集者や漫画家と打ち解けていき、その道を究めていくのでした。

注目してほしいのは第7話。漫画家・高畑一寸の手掛ける人気連載『ツノひめさま』の担当になった黒沢が、高畑に描き直しをお願いする話です。
高畑は、自身のプライベートの状況が作品に出てしまうタイプ。交際相手とくっついたり離れたりを繰り返していて、そのたび『ツノひめさま』の内容も暗くなっています。そして今回も、出来上がった下書きは鬱な展開なのでした。黒沢の先輩である五百旗頭敬(いおきべ けい)は、読者からの人気が落ちることを指摘。「描き直しをお願いしてこい」と言いますが、黒沢は「作者に好きなものを描かせるべきでは」と躊躇します。
そこで五百旗頭は一喝。「誰から給料をもらっていると思ってる?読者だよ!」。黒沢ははっとして、自分の立ち位置を確認します。

描いているのは作者だから、作者の考える通りのものを描いてほしい――黒沢の想いは間違ってはいないのですが、読者の気持ちにこたえ続けることも大事。編集者としてそのベストバランスを見極めることは、じつはとても難しいことなんだと感じさせられます。
このシーンをはじめ、ベテラン漫画家との衝突や、新人漫画家育成での苦労など、“裏側の面白さ”を知ることができるのが本作の魅力。黒沢と一緒に怒ったり笑ったり喜んだりしながら、面白い作品を世に出す作業を追体験しませんか。

オタクサークルの女子が、漫画家として認められていく『げんしけん』

げんしけん
©木尾士目/講談社

大学のオタクサークル「現代視覚文化研究会」、通称“げんしけん”のメンバーたちが繰り広げるから騒ぎや友情、恋愛を描いた青春物語。
月刊アフタヌーンにて2002年に連載を開始しましたが、終了後も続編『げんしけん2代目』が連載され、合計3度もアニメ化されるなど、人気の高い作品です。

先ほどの『重版出来!』と違ってこちらは、漫画家側の物語。4巻から登場する本作のヒロイン・荻上千佳は、げんしけんの先輩である笹原完士×斑目晴信のBL漫画を描くことで妄想を膨らませる腐女子。同人誌即売会の「コミフェス」に向けて同人誌を制作するなど、同人作家としての熱意もあるのでした。
注目は7巻、荻上が個人名義でコミフェスに参加する回。目の前でお客さんが自分の同人誌を手に取り、読み、買ってくれたシーンが印象的です。作り手としては、読んでくれるだけで嬉し恥ずかしですが、買ってくれるだなんて、とんでもない!嬉しいし、少しでも“認められた”気持ちになるんですよね。お客さんの反応に具体的な描写はありませんが、自身の本を読まれているときの荻上の表情や反応が描かれていて、ドキドキ感と感動が読み手にもよく伝わってきます。

もともと荻上は自分に自信がなく、人に堂々と作品を見せるタイプではありませんでしたが、この経験から自信をつけ、精神的にも成長。就職活動では漫画家も視野に入れることに。
元々妄想のオカズになっていた笹原とも、コミフェスで販売を手伝ってくれた縁もあり、徐々に仲を深めていきます。荻上は自作の漫画を笹原に読んでもらうことで、笹原は荻上の漫画を読んで評価することで、ともに成長していきます。2人の恋の行方と、荻上の漫画家デビューはいかに――。

『げんしけん』における荻上の話は物語の一部でしかありません。漫画家以外にもゲーム制作やコスプレイヤーなど、あらゆる夢を持ったオタクが登場するのが面白いところ。オタクも恋も充実した “全方向リア充”な漫画ですよ。
特に8巻~ラストの「羨ましい!」と悶えてしまうくらいの恋愛展開も必見です。

辞書作りは、言葉や名誉を守る仕事でもある『舟を編む』

舟を編む
©Haruko Kumota/Shion Miura/講談社

出版社・玄武書房の辞書編集部の荒木公平は、新しい辞書「大渡海」の制作を構想しているものの、人手不足に悩んでいました。ある日、編集部の後輩・西岡正志より「辞書向きの人材を知っている」と聞きます。
その人材とは、第一営業部の馬締光也。髪はボサボサ、表情はぼんやりとした冴えない若者ですが、頭の回転が速く、整理整頓能力に長けていました。彼に辞書編集の才能を感じた荒木は、馬締をスカウト。無事、辞書編集部に配属となります。はたして「大渡海」は完成するのでしょうか?というお話です。

とくに印象に残ったのは、第5話に出てくる「名よりも実をとる」ということわざ。ある日、西岡は大学教授に「西行」という項目の執筆を依頼しますが、出来上がった原稿は散々なものでした。辞書というのは性質上、事実のみを伝えるものですが、教授の原稿は、主観やいらない表現がたくさん混じっていたのです。馬締は原稿を大幅に修正しますが、教授はその変更ぶりに激怒します。

辞書には執筆者の名前が載ります。原稿の出来が悪いと、執筆者の知識レベルが疑われ、名誉にかかわることがあります。編集者が原稿を修正するとき、それは単に間違いを正すだけではなく、“執筆者の名誉を守る”という意味も含んでいるのです。「名よりも実をとる」は、この5話に一貫したテーマであり、編集者の仕事術を象徴した格言です。

小説家・三浦しをん先生原作で、アニメ化、映画化もされている『舟を編む』ですが、コミカライズ版は『昭和元禄落語心中』で有名な雲田はるこ先生が手掛けています。耳で聞く“落語”を絵で表現してきた雲田先生の空間描写力にも注目。辞書編集者のキャリアを振り返るシーンには辞書のページを散らばせたり、馬締が仕事に打ち込むときの、何かに憑りつかれたような顔の表情など、リアルと空想が交わる絶妙な表現が楽しめます。

まとめ

以上の3作品、登場人物はいずれも違った立場ではありますが、誰もが真っ直ぐに、驕らずに、目の前の作品に向き合っていることが分かります。それは、かつて自分も読者と同じ立場で、本にワクワクしたり感動したりしたからではないでしょうか

自分が体験した感動を、未来の読者につないでいく本のプロフェッショナルたち。楽しみながら、応援していきましょう。

重版出来!/松田奈緒子 小学館
げんしけん/木尾士目 講談社
舟を編む/三浦しをん 雲田はるこ 講談社