「1巻で読み切れる傑作は?」と聞かれたら即答する漫画3選!

まとめ

「おすすめの漫画はなんですか?」

これは書店員をやっていて訊かれる質問ランキング上位に入る。
ご来店されるお客さまだけでなく、家族、友達、初対面の人にも尋ねられることも多い。

この質問は答えるのが難しい。薦めたい漫画はものすごくたくさんあるから。もちろん訊いている本人たちは悪気がなく、純粋に「どの漫画を読めばいいのか」を知りたいのだと思う。商業コミックは月に1000点近く新刊が出続けているので選び方がわからないのは当たり前だ。
だから私は常に、すぐ答えられるものを何パターンかで用意している。

今回紹介するのは「1巻読み切りで面白いやつある?」と”漫画好き”に訊かれたときに答える3作だ。
読んでしまっているなら、もう一度読みたくなるはず。まだ読んだことがないなら、ぜひ読んでほしい。

老若男女、誰に渡しても外れない!青春漫画『ぼくらのフンカ祭』。

ぼくらのフンカ祭
©真造圭伍/小学館

最初に紹介する『ぼくらのフンカ祭』の作者・真造圭伍先生は、洒脱な漫画家だ。線はシンプルだけど形が整っていて、話は派手じゃないけど心に沁みてくる。画は新しいのに物語の雰囲気が懐古的な、正反対の性質を持つ彼の漫画は「スマートでニクい」。彼の先輩の漫画家たちからそんな褒め言葉が出てくることが想像できる。『森山中教習所』は初連載作品でありながら映画化され、『トーキョーエイリアンブラザーズ』はドラマ化もされた。注目の漫画家である。『休日ジャンクション』なんて表紙がとってもキュートなので、おしゃれな人におすすめを訊かれたらスッと差し出したい。

さて、そんな真造作品からなぜ『ぼくらのフンカ祭』を選んだか。
それは、もっとも共感できる、誰にでも当てはまる物語だからだ。
舞台は過疎化が進む田舎町。ある日、その町の火山が噴火する。噴火により温泉が湧き出したことがきっかけで、街全体が観光名所となるところから物語は始まる。これは男子高校生が主人公の友情物語だ。

周りを意識していないのにイケてる富山と周りを意識しまくっているのにイケてない桜島。

富山と一緒にいればモテると思い行動を共にしようとする桜島。

町に観光客が増えうんざりする富山と観光客が多くて舞い上がる桜島。

富山と自分を比較して敗北感を感じ距離を置いていく桜島。

桜島の不純な動機から始まる友達関係。
しかし読み進めると分かるのは富山は天才肌で、桜島は凡人ということだ。桜島は強烈な嫉妬心を富山に対して抱くようになる。だが結局一緒に居ても、自分の惨めさが際立つだけだった。なりたい自分とのギャップ、なりたいものがないことへの焦り、周りとの温度差に苛立つ感情。自分の世界は自分の軸で回っているのに、それに気づくことがむずかしい。一方富山はマイペースで、自分の意思で物事を決めていく。人と比べて焦らない。ほとんどの人が桜島と同じく隣の芝が青く見えた経験があるはずだ。(思春期には特に。)

主人公は富山だが、脇役のイケていない桜島に共感できるようになっている演出が上手いと思う。主人公にななりたくてもなれない桜島。彼が富山のことを尊敬することで私たち読者はよりこの物語の富山の凄さに気づくことができるのだ。

そして友情物語と言っても、相思相愛の熱い友情を見せつけられるのではなく富山と桜島の付かず離れずの距離感で物語は進む。”友達がいること”が物語の正義ではなく、”いつの間にかアイツが隣にいた”というぬるい温度感が読みやすさを生み出す。この感覚は、読めば感じとってもらえるはずだ。

そして私は、この作品の目次がすべて作中のセリフであるところが好きだ。セリフと言ってもキーワードではなく、日常にぽつっと出てくる言葉ばかり。この飾らなさが作品に絶妙なゆるさを生んでいる。こういう肩の力が抜けるしかけに「読ませてくれるなあ」と思う。

そして最後の1ページ、終わり方がめちゃくちゃ気持ちいいので読んでほしい!ギリギリまでストーリーで見せていたのに、最後に画で落としてくる。そのスマートでニクい演出に「参りました。」と呟いてしまうことだろう。

超実力派漫画家が本気でふざけたコメディ恋愛漫画『おひっこし』。

おひっこし
©沙村広明/講談社

この作品を初めて読んだ時、「本気でふざけること」の凄さを知った。沙村広明先生の作品で代表的なのは『無限の住人』だ。木村拓哉主演で映画化もされている。容赦のないグロテスクな展開の数々と圧倒的な画力で読者を驚嘆させた名作だ。最近では現在『月刊アフタヌーン』(講談社)で連載中の『波よ聞いてくれ』が記憶に新しい。主人公ミナレがひょんなきっかけでラジオパーソナリティとして活動していく、というストーリーだ。この漫画の気持ち良いテンポのトークパフォーマンスや怒涛の展開で繰り広げられる作風が好きなら、今回紹介する『おひっこし』を絶対に読んでほしい。

それではページをめくっていこう。

開始1ページ、主人公・遠野の告白から始まる美大生の居酒屋での飲み会シーン。好きな女・赤木のいいトコロが”名前が絶対称”であること、それに気づいて感心しそのまま人のビールを遠野に与える友人、ずっとある冷静なツッコミ……じょ、情報が多い!1ページ目からこのアクセルの強さである。まともにツッコミをしていったら振り落とされそうになる勢いだ。

他にも、ふざけの本気度を表すのにこのライブシーンがある。

物語に関係していないのにしっかり書き上げられた歌詞。ラストサビの”※くり返し”まで。しかもこれ、1曲だけではない。この後2曲連続で放り込まれる。
もうふざけているのか本気で作詞しているのかわからない。

また、言い合いのテンポもさることながら作中の補足もまた面白い。

「所持金7000ペリカ」とは……。「『この売女』一度は女に言ってみたい言葉 第一位(国勢調べ)」とは……。ボクシングの雰囲気など急なイメージ映像が飛び込んでくることも多くツッコミ放棄のボケのジャブがこれでもかというほど送り込まれる。

しかしこれだけギャグ要素を詰め込んでいるのに、ストーリーが粋なのがニクい。
ものの1ページでグッとくるシーンを作り上げてしまうのには、驚きを隠せない。

それも沙村広明先生の画力と技術によるものなのだろうと思う。超実力派の漫画家が描く全力のコメディをぜひご堪能いただきたい。

何度騙されたかわからない!読むたびに唸る傑作漫画『外天楼』。

外天楼
©石黒正数/講談社

最後に紹介するのは『外天楼』である。この作品は何人に薦めたか覚えていないくらいおすすめしている。
が、薦め方がとにかく難しい。なぜなら伏線が多すぎて、ネタバレという地雷を踏みかねないからだ。大別するなら、「SFミステリー」ということになるだろうか。

作者は『それでも町は廻っている』通称”それ町”でファンの多い石黒正数先生。先ほど『おひっこし』を挙げたが、彼のコメディもツッコミが間に合わないくらいに面白い。

物語の軸となるのは、外天楼に住む鰐沼アリオと姉のキリエ。

住人である彼ら姉弟を中心に物語は繋がっていく。

第1話、エロ本の買い方を考察するギャグシーンから始まるが、

徐々にここが高度なロボットや人工生命体のいる世界だと明かされ、シリアスなシーンが入り込んでくる。

作中には謎の姉妹がいて、宇宙刑事がいて、普通の刑事もいて、人と見わけのつかないロボットがたくさん登場する。作者のキャラクターの引き出しの多さに驚かされながら読み進めていくと、ロボットが人の代わりとなることの利便性や倫理性に対して考えさせられれ、へっぽこ刑事・桜庭冴子に緊張感をほぐされ……とにかく緩急激しく物語は進む。

そうして考えたり笑ったりしているうちに、われわれ読者は「外天楼」に隠された秘密に近づいていく。もし手にとることがあれば、一ページ、いや、一コマ一コマしっかり読み進めてほしい。読了間際は、「そういうことかあああああああ!」と鳥肌の連続だ。

187ページからはもう、ページをめくる手に汗を握るはずだ。読み終わるときっと、あなたは天を仰いでいる。1巻完結の紛れもない傑作だ。

読みたいジャンルがなにも決まっていないのならば、ぜひクリックしてみてはいかがだろうか。

私は人に漫画をおすすめするのが大好きだ。
最近恋をしていないとぼやいていたあの子にはきゅんとするものを、動物が好きなあの人にはこの漫画を薦めたいなあ、なんて漫画を読んだ後には考えてしまう。読んでもらった後には読書会を開いてみても面白い。漫画は感情や趣向を表現するのに最適な媒体だと心底思う。

みなさんの「1巻で読み切れる傑作」もぜひ尋ねてみたい。
いつ訊かれてもいいように、ストックしておくのはいかがだろうか。

ぼくらのフンカ祭/真造圭伍 小学館
おひっこし/沙村広明 講談社
外天楼/石黒正数 講談社