電車が運ぶ物語たち。ちょっと変わった”鉄道漫画”で小さな旅に

まとめ

通学や通勤で多くの人が一度は使うであろう電車は、誰にとっても身近な交通手段だ。
 
そして、身近な分だけドラマが宿りやすい乗り物である一方で、鉄道は熱心なファンが存在するコンテンツでもある。
 
そんな身近かつディープなものを題材にしているだけに、鉄道を扱った漫画には、一言で説明できない個性をもったものが多いと思う。
 
今回は、そんな2つの“鉄道漫画”を紹介したい。

小田急線が運ぶ、甘酸っぱい恋模様。『鉄道少女漫画』

 

鉄道少女漫画
©中村明日美子/白泉社
 
『鉄道少女漫画』は、『同級生』シリーズなどのBL漫画でも知られる中村明日美子によるオムニバス。タイトルの通り、“鉄道”にまつわる“少女漫画”7本からなる。
 
登場するのは、東京~神奈川方面にお住まいの方にはなじみ深いであろう小田急線。
 
沿線の実在の駅を舞台に展開されるのは、中学生の、高校生の、アラサーカップルの、夫婦の…さまざまな形の恋愛ドラマだ。
 
個人的なイチオシは、2本目に収録されている「彼の住むイリューダ」
 
「イリューダ」は、箱根登山鉄道の「入生田(いりうだ)」駅のこと。片想いの相手の口から語られた、彼が住む町の名前は、恋する少女には遠い外国の言葉のように聞こえたのだ。
 
もう、この描写だけで甘酸っぱくて涙が出そうなのだが、彼に恋する主人公の少女・るみかといい、「彼」=後藤くんといい、るみかの友人たちといい…とにかく、登場する誰もが純粋で優しい心の持ち主であるがゆえの切なくもどかしい展開には、荒んだ心が洗われる思いがする。
 

 
現在、この『鉄道少女漫画』シリーズは、本作に収録のエピソード「木曜日のサバラン」の続編にあたる『君曜日』が3巻まで刊行されている。
 
一組のカップルに焦点を当てたことで、より“少女漫画”度が濃厚になっているそちらもおすすめだ。
 
作者独特の、ぞくぞくするほどなめらかな描線で描かれる、どこまでもピュアな物語たちに、思う存分うっとりしてほしい。
 

電車×擬人化×人情ドラマ! 大人の癒やし『終電ちゃん』

 
小田急線という路線で起こる物語を描いた『鉄道少女漫画』に対して、『終電ちゃん』(藤本正二)は、さまざまな路線の「終電」をめぐる物語だ。
 

終電ちゃん
©Shoji Fujimoto/講談社
 
本作の最大の特徴は、その非常にユニークな世界観。
 
タイトルになっている「終電ちゃん」とは、なんと“終電”が擬人化された存在
 
乗り遅れそうな人を一人残らず終電に乗せ、無事に家に帰らせるのが「終電ちゃん」たちの使命だ。
 
つまり彼女たちは“終電そのもの”ではないので、イメージとしては“終電の妖精”のほうが近いかもしれない。
 
3頭身ほどの女の子の姿をした「終電ちゃん」は、どんな路線にも存在する。
 
乗客たちをビシバシ終電に乗り込ませる姉御肌の「中央線の終電ちゃん」を筆頭に、ちょっと高飛車なお嬢様キャラの「山手線の終電ちゃん」、アイドル出身の「京王線の終電ちゃん」
 
『鉄道少女漫画』で扱われた「小田急線の終電ちゃん」は、はかま姿で、ちょっとのんびり屋でおっちょこちょいなキャラクターになっている。
 

 

 

 

 
トリッキーな世界観に一瞬面くらうが、この作品の本質は、ハートウォーミングな人情劇。
 
本作の“主役”は彼女たち「終電ちゃん」ではなく、ハードな残業に追われるサラリーマンやOL、学生、はたまた終電を運転する運転士など、終電に乗ったり、乗り損ねたりする、ごく普通の人々だ。
 
終電ちゃんたちは、彼らの身に起こる出来事に介入したり、喝を入れたり、あたたかく見守ったり…時につまずき、時に互いに助け合いながら、みんなの人生が良いほうに転ぶように骨を折る。
 
人と人の、そして人と終電の、時には終電同士の(!)あたたかい物語が展開されるのだ。
 
現在も連載中の本作、基本的には1話完結形式ではあるが、中には何人か準レギュラー的なキャラクターも存在し、彼らの間のちょっとしたドラマの進展も見逃せない。
 
派手ではないけれど、あたたかくて、不思議な癒やしを読む者にもたらしてくれる世界が、ここにはある。
 

電車に乗ったら漫画を読もう! 豆知識でちょっとお得な気分にも

 
これらの作品は、日ごろから作中に登場する路線を利用する人はもちろん、車移動がメインの地域に住んでいる人も、あまり外出する機会がない人もきっと楽しめるうえに、「電車にちょっと詳しくなれる」という、プラスアルファの要素もある。
 
これは、漫画を「読んで楽しむ」だけでなく、「情報を得る手段」としても活用したいと考える人には魅力だろうと思う。
 
そして本稿を書いていて気が付いたのだが、電車の良いところは、なんといっても「移動中に漫画を読んでも酔いにくい」という点だろう。
 
毎日の通勤通学に、ちょっとしたお出かけに…今やスマートフォンでどこでも読める漫画は、電車移動の友には最適だ。
 
電車に揺られながら鉄道漫画を読む。そんな粋な漫画時間を過ごしてみるのも乙ではないだろうか。
 
 
鉄道少女漫画/中村明日美子 白泉社
終電ちゃん/藤本正二 講談社