優しくフラットでファンタジック。谷和野作品の世界に浸る

まとめ

谷和野(たに・かずの)氏の漫画はふわふわしている。
その作品世界では現実と非現実、正常と異常の境目があいまいにぼかされて、一定の温度になるよう均されているような印象を受ける。
その、不思議なのに淡々としている空気が、たまらなく魅力的なのだ。
2010年のデビュー以来、彼女が紡いできた作品をたどりながら、その独特の世界を紹介していきたい。

9年のあゆみ。多彩な世界にちょっとずつ触れられる短編集たち

『いちばんいいスカート』は、2014年に刊行された谷氏のデビュー短編集。

いちばんいいスカート
©谷和野/小学館

(「デビュー作」はこちらではなく、2018年刊の『リリリライト』に収録)
2010年から2013年にかけ、「Flowers」(小学館)およびその増刊に掲載された作品が集められている。

『魔法自家発電』には続く2014~2015年の5作品が、『リリリライト』には2016~2018年の7作品+2010年のデビュー作が収録されている。

魔法自家発電
©谷和野/小学館
リリリライト
©谷和野/小学館

収録作品の多くは「完全な現実」とも「完全なファンタジー」とも異なる、「少し不思議な物事」を描いた物語だ。ごく短い、いわゆるショートショートに近いものもあれば、少しボリュームのあるシリーズものもある。
『いちばんいいスカート』はバラエティ豊か、『リリリライト』は時代もの要素が強め。『魔法自家発電』はやや「わかりやすい」作品が集まった1冊、という印象だ。
中でも『魔法自家発電』収録の「2人時間」は、多くの人の胸を打つ一編であると思う。

“物語”にもてあそばれる楽しさが詰まったオムニバス『はてなデパート』

はてなデパート
©谷和野/小学館

『はてなデパート』は、時系列としては前述の『魔法自家発電』と『リリリライト』の間に刊行された、2015~2016年の連載作品。
とある百貨店が舞台のオムニバスで、独立した短編を描いてきた谷氏の初の連作集だ。
最初から特徴的だったちょっと不思議な世界観に加え、本作で大きくその魅力が発揮されているのは、「種明かし」「答え合わせ」の面白さなど、ミステリ的な話運び。
前述の短編作品でもたびたび見られた持ち味ではあったけれど、それを1冊まるごと読み通すことでより深く味わえるだけに、満足感が大きい。
世界観にじっくり慣れることができるという意味でも読みやすく、個人的には谷作品への入門におすすめの作品だ。

強まるミステリ色を楽しむ『アドレスどちら』、谷ワールドのこれから

そして2019年現在の最新作が『アドレスどちら』。

アドレスどちら
©谷和野/小学館

「1」という巻数が振られており、初の長編作品と言ってよさそうだ。
子どもはみんな生まれた時から「学校」で育ち、ともに生活をし、学校で彼らに教育をする大人たちのことを「おとうさん」「おかあさん」と呼ぶ。そんな世界の「学校」にある日、「家で両親と暮らしていた」という一人の少年が転校してきたのをきっかけに、この世界の日常の何かが、少しずつ変わっていく。

1巻時点ではまだ謎の「種」が撒かれている状態に近く、ちりばめられた情報から背景にあるものに想像を巡らせる面白さは、これまでの谷作品にはありそうでなかったもので、ワクワクさせられる。

「変わらない」「ぶれない」ことが魅力の作家もいれば、「変化する」(もしくは「成長する」)面白さが見て取れる作家もいる。
ファンタジックな味付けと淡々とした語り口で、さまざまなテーマを優しく包む作風は、谷氏の「変わらない」魅力だが、少しずつ異なる作品のつくりは、「変化の面白さ」と言える。
70~80年代から漫画界の先頭に立って少女漫画を改革してきた大ベテランの集う媒体を活動の舞台とする彼女は、きっと、多作ではなくても、息長く、素敵な作品を描き続けていってくれるのではないかと思っている。
これからの“谷ワールド”を追っていくことは、一漫画読者としての私の楽しみの一つだ。

いちばんいいスカート/谷和野 小学館
魔法自家発電/谷和野 小学館
リリリライト/谷和野 小学館
はてなデパート/谷和野 小学館
アドレスどちら/谷和野 小学館