痛くて、苦しくて、優しい。戸田誠二作品で生々しい「生」に触れる

まとめ

自分の能力や、置かれている境遇や、日々の生活に、十分な自信を持てる人は、あまり多くないと思う。将来への不安にさいなまれたり、大小さまざまな失敗を気に病んだりしながら、どうにか毎日をやり過ごしている。人前では明るく振舞いながら、そんな閉塞感を抱えている人は、決して少なくないはずだ。
今回取り上げる戸田誠二さんは、素朴で実直な作風でそんな「パッとしない大人」の心にそっと寄り添ってくれる漫画家だ。
彼のデビュー作から最新作まで、3つの作品集を紹介したい。

最小1ページ。人生の機微を鋭く切り取る『生きるススメ』

生きるススメ
©SEIJI TODA

『生きるススメ』は著者の初単行本。
「ショートショート(掌編)」という小説のジャンルがある。1~4ページほど、「短編」にも満たないごく短い物語のことを指し、日本では星新一や筒井康隆、あるいは川端康成、稲垣足穂などが代表的な作家として知られる。
『生きるススメ』収録作品の多くはこの種の、ショートショートと呼べるものだ。

ギャグやコメディ系の作品であれば、1話あたりのページ数が4ぺージ程度というのは珍しくない。だが、ここに収録されている作品は、(中にはクスッと笑わせてくれるコメディ的な作品もあるが)大半は「生と死」や「愛」、あるいは「働くこと」「学ぶこと」などを含めた「生きるということ」そのものを題材とするヒューマンドラマだ。
固有の名すら持たないこともある物語の主人公たちは、それだけに、私たち読者の分身であるともいえる。余計な情報をすべてそぎ落とし、ただ描こうとしていることの本質だけをシンプルに提示するその作風は、シンプルな分だけインパクトが絶大だ。

静かで熱い近未来SFオムニバス『スキエンティア』

スキエンティア
©戸田誠二/小学館

「ビッグコミックスピリッツ」等で2008年から2010年にかけて不定期連載された『スキエンティア』は、自由の女神ならぬ「科学の女神」像が見下ろす近未来の日本を舞台にしたSF短編集。自殺願望を持つ若い女性が全身マヒに冒された老婆と身体を入れ替える「ボディレンタル」など、やはり「生きる」というテーマを、科学技術の進化した未来という目線から描き出す作品集だ。
1ページものから数十ページものまで、内容もコミカルなものからシリアスなものまで振れ幅が広かった『生きるススメ』と比較すると、一定の世界観のもとに編まれたオーソドックスな体裁になっている分、一作一作にずっしりとした読み応えがある。

技術の発達した世界でも、人々は変わらず悩み、傷つき、葛藤しながら、時々テクノロジーの力を借りて、なんとかその日を懸命に生きていく。
「近未来SF」という言葉からはかけ離れた、ある種泥臭い物語たちは、この著者以外には描けない世界だろうなと思わせてくれる。

著者初の長編作品。ファンタジックなドラマ『egg star』

egg star
©SEIJI TODA

2018年7月に刊行された『egg star』は著者の最新作。
サン・テグジュペリ「星の王子さま」をモチーフとした作品で、短編作品を多く描いてきた作者の初の長編単行本だ。
新しい試みであったことから制作には長い時間を要しており、第1話がウェブ媒体上で配信されたのは2010年。以降、8年の時間を費やして語られてきた単行本1冊分の物語である。

遠くの星から彗星に乗って現在の地球・日本に降り立った主人公は、理解者に恵まれ、さまざまな知識を身につけ、仕事に打ち込む喜びをも知っていく。そんな中で彼が直面する悩みは、自分には「愛」という感情が理解できないのではないかということだ。
彼が抱く「自分には人間らしい感情が欠落しているのではないか」「自分はどこか違うのではないか」という苦悩は、SF・ファンタジー作品では時折描かれるものだが、それをあくまで主観的に、寄り添うようにして生々しく、熱く描き出しているところが本作の特徴だ。

実はWEB発漫画家のはしり。なのにずっと変わらない、あたたかな筆致

『生きるススメ』収録作品が著者の個人ウェブサイト「COMPLEX POOL」に発表され始めたのは1999年。あとがきによれば、それが編集者の目にとまったのが、単行本刊行のきっかけだったという。
当時中学生だった筆者の記憶では、インターネットというものがようやく一般に広く認知され、使用されるようになった、まだまだネット黎明期と呼んで良いような時代だったと思う。SNSはもちろん、ブログもまだない時代だ。
そういう意味では非常に「新しい」活動をしてきた著者であるにもかかわらず、その作風はあくまで素朴で、そしてきわめて良い意味で、15年前から大きくは変わっていないように感じられる。
いち早く新しい発表媒体に自ら進出する先進性と、「ブランド」と言ってもいいような確立された作風の両立。何もかもがすばやく移りゆくいまの世の中で、それがいかに大きな意味を持つかということを、これらの作品からは実感できるのではないだろうか。

生きるススメ/戸田誠二 宙出版
スキエンティア/戸田誠二 小学館
egg star/戸田誠二 宙出版