三大欲求満たされてないのに仕事なんかできるわけないやろ!『憂鬱くんとサキュバスさん』
うつ病の悩みの1つが、激しすぎる自責。 人に迷惑をかけて申し訳ない、働かない自分は怠慢だ…と心を痛めてしまう。実際は周囲の人は誰もそんなこと思ってはいないもの。必要なのは「んなわけあるかい」とバッサリ切って、平常通りに接してくれる人だ。
うつ病の悩みの1つが、激しすぎる自責。 人に迷惑をかけて申し訳ない、働かない自分は怠慢だ…と心を痛めてしまう。実際は周囲の人は誰もそんなこと思ってはいないもの。必要なのは「んなわけあるかい」とバッサリ切って、平常通りに接してくれる人だ。
毎日の過ぎていくスピードが速すぎる、と感じることはないだろうか? …それは年を取ったからでは?と言われてしまうと返す言葉もないのだが、それだけではなく、秒ごとに更新されるSNSのタイムラインに押し流されるように生活しているような気がして、(自らそういう環境を作っているし、もちろんそれによって便利になっている部分もあるが)少し息苦しいと思うことがある。
どこか、「夢を追う」という言葉は、若者の特権のようなイメージがある。大人になると、身分不相応な夢をもつことが、恥ずべきことのように感じられてしまう。「いい歳して……」なんて言われちゃうかもしれない。ほんとうはやりたいことがあったとしても、尻込みしてしまうかもしれない。 ゴトウユキコが描く『きらめきのがおか』は、そんな人生における夢を、いくつになっても、誰であっても、追いかけていいんだ、という勇気を与えてくれる作品だ。
昔から「数学」が嫌いだ。 いくら友達から「あの先生、教え方がめちゃくちゃ上手だから絶対大丈夫だよ!」と言われようが、根本的に数字と向き合うことが苦手なのだから仕方ない。 スーパーのセール品の値引率やクレジットカードのポイントの還元率、などなど。 日常生活を送る上で最低限必要な加減乗除さえできていれば、数学なんてできなくたって生きていけるのだから。そんな根っからの数学嫌いの私がふと表紙に惹かれて手にとった『はじめアルゴリズム』は、数学の観念を根本から覆す漫画だったのだ。
近年、「毒親」という言葉をテレビやインターネット、書籍、漫画など様々なところで目にするようになった。毒親とは、過干渉やネグレクトなど、子どもに対する異常な執着(もしくは無関心)を示す親のことを指し、子どもがそれにより精神的に病んでしまうケースも多い。 もはやひとつのジャンルとして地位を築き上げつつある「毒親」。そんな毒親テーマに扱った漫画作品の中でも、どこか異色の存在としてあるのが押見修造が描く『血の轍』である。
2013年に流行語大賞ノミネートになったほどの、「こじらせ女子」という言葉。「流行に疎く、自分の女子力に満足していない女性」を意味するようですが、今ではもっと広義的で「なにかしら性格や特性に難を抱えている女性」を指すようになっているのでは、と感じます。 さて、女性ばかりがこじらせこじらせと言われる昨今ですが、男性だっていろいろこじらせていますよね?? 今回は、わたしの独断と偏見で「こじらせ男子」を3人ピックアップしました。 3人それぞれ多少の難はありつつ、どこか憎めない、なんだかカワイイ、総じて「愛しいこじらせ男子」たちです。
お酒が、酒場が大好きだ。 心に残る1杯は疲労や悩みを打ち消してくれたり、旅の思い出になったり、人生を少し豊かにしてくれる。誰しもそんな記憶があるだろう。 お酒に関する豆知識やカクテルをめぐるさまざまな人間関係を描いた新感覚漫画、それが『まどろみバーメイド』だ。
うつ病、パニック障害、統合失調症、過食症、拒食症、ヒステリック……これらの精神障害は、風邪などの病と同様に、いつだって私たちが当事者になりうるものだ。しかし、なったことがない多くの人々に、その症状の辛さや心境を理解してもらうのは難しい。「結局甘えなんじゃないの?」なんて辛辣なことを言われてしまう可能性だってある。 そんな当事者の孤独は、同じようにその病と向き合い戦う人たちの姿をみることで癒されるかもしれない。
道満晴明は、群像劇マンガの名手だ。多くのキャラクターの視点を、短編物語として切り取って淡々と描くことで、世界全体に漂う、スラップスティックな躁と、消すことのできない悲しみを表現していく。 『メランコリア』はこの道満晴明節が全開になっている作品。各話のタイトルの頭文字はアルファベット。地球滅亡へのカウントダウンは、おそらく全26話だ。
どんな有名人にも無名の時代はある。 そして、どんな人だろうと悩み・苦しみ・ときには笑い、悪戦苦闘するときがある。 それを人は青春と呼ぶのだと思う。 『アオイホノオ』はクリエイターとしての主人公の青春が詰め込まれた作品だ。 圧倒的な才能を持つクラスメイトとの比較に挫折・葛藤していく主人公の気持ちが痛いほどわかる。