知的障害の妹との血の繋がり「血の間隔」“きょうだい児”の吉田薫先生インタビュー

インタビュー

主人公が、幼少期から疎ましく思っていた知的障害のある妹との向き合い方を模索していく漫画「血の間隔」。作者であり、“きょうだい児”である吉田薫先生に作品に対する思いをインタビューしました。

きょうだい児とは、障害や病気をもった子の兄弟姉妹のこと。
こちらの記事は、きょうだい児支援サイト「Sibkoto(https://sibkoto.org/)」に寄稿させていただいた内容となります。

▼『まんが王国』にて連載中「血の間隔」作品ページ
https://comic.k-manga.jp/title/48537/pv
あらすじ:俺は妹に消えて欲しかった――漫画家の知幸(ともゆき)は幼い頃、知的障害がある妹・知恵(ちえ)のことを疎ましく思っていた…祖母の葬式のため、数年ぶりに帰省した知幸は父から祖母の遺言を聞く。『血を分けた兄妹なのだから一緒に生きていかなくてはいけない』と――祖母の遺言を受け、知幸は抗うことが出来ない【血】を持つ知恵とどう向きあうのか……

–この作品を描こうと思われたきっかけを教えてください。

吉田:きっかけは、津久井やまゆり園の事件(相模原障害者施設殺傷事件)です。
事件自体は本当にきっかけでしかないんですけど、あの事件が報道されたとき、すごく心が揺さぶられたというか。
障害者に対する価値観が一気にメディアに取り上げられることとなった事件だと思いますが、それが自分の境遇からしても他人事じゃないなと思いました。
それまで僕も、妹との関係にモヤモヤしたまま生きてきていて。1話で描いているような、幼少期の記憶がフラッシュバックしたイメージですね。
そこから妹に対してすごくいろいろと考えるようになり、その中で「今まで妹にちゃんと向き合っていなかったんだ」ということに気付けたんですよね。

<血の間隔1話より>
故郷を離れ東京で漫画家として働く主人公・知幸は祖母の葬儀をきっかけに実家に帰り、知的障害者の妹とのこれまでの関係を思い返す。

–1話で描かれる知幸の幼少時代について、“きょうだい児”ならではのリアルな心理描写だと感じましたが、吉田先生の実体験も含まれているのでしょうか?

<血の間隔1話より>
クラスメイトに妹の知恵が障害者であることが知れ、今までそれを隠して築いてきたものが崩れる間隔に陥った知幸。やり場のない感情を知恵にぶつけてしまう。

吉田:正直、実体験です。妹にドロップキックをしたところも実話なんです(笑)。
もちろん、当時すごく後悔した記憶があります。
帰宅後とても怒られたとか細かいエピソードもあるんですが(笑)、親からすると普通の兄妹喧嘩の延長だと思っていたようですね。
実は僕も、最近まではよくある言い争いや取っ組み合いの兄妹喧嘩だったという記憶になっていました。ただ、事件をきっかけに当時のことをフラッシュバックしたとき、「そうじゃなかった」と思い出したんです。
当時の僕は泣き虫で周りのことを気にしすぎるタイプの子供だったので、“障害者の妹をもつ兄”というレッテルを貼られることに臆病でした。大人になってみると改めてひどいなと思うんですけど、当時は子供ながら必死だったんですよね。
もちろん漫画を描く上で、ストーリーの関係上多少の脚色をしているところはありますが、1話に関しては当時の気持ちをそのまま描いている感じですね。

–主人公の“知幸(ともゆき)”と妹の“知恵(ちえ)”は吉田先生ご自身と妹さんがモデルになっていますが、キャラクターを作り上げる上で特に気を付けていることはありますか?

吉田:知幸に関して言うと、精神面の変化を一番に描きたいと思っています。
やはり、障害者のきょうだいや周りの人が考え方を変えていかないといけないのかなと考えているので、知幸が知恵と向き合って気持ちと行動がどう変わっていくのかということを、特に気を付けて描いています。
その点でいうと、自分の願望だったり、かつてできなかったことを“知幸”というキャラクターに託している部分もありますね。
知恵に関してはすごく純粋なキャラクターなので、変に僕の意思を吹き込んでしまうとご都合主義になってしまうので、その点は気を付けています。
そして知幸だけでなく、知恵も変化していきます。
漫画に限らずドラマや映画もそうですが、物語というものは主人公にいかに壁を乗り越えて成長していくかというのがテーマになるので、ふたりのキャラクターや関係性は丁寧に描いていきたいですね。
ビジュアル的なところでいうと、どうしてもテーマが重いと感じられてしまいがちなので、入り口として受け入れられやすい絵柄になるよう意識しました。あと、知恵はいつも髪の毛をはねさせていて、いつも寝癖がついているんです(笑)。それによって、他の人よりは少し自己管理能力が乏しいのかな、というのが窺える描写にしています。

<血の間隔1話より>
知恵の髪が左右に少しはねている。

–本作の連載にあたり、中学校の特別支援学級や、総合支援センターへ取材に行かれたとのこと。作品にどのように活かされているのでしょうか?

吉田:物語の世界観を創るということは、リアリティを求めることだと思っています。
実際にそういった場所に行って取材し、空気感やそこで生きている人を知った上で描くからこそ物語に広がりが見えるものだと思います。
この作品を読まれる方の中には身近に障害者がいないという方も多いと思いますし、僕も想像だけで現実と違ったものは描きたくなかったので、取材に行くことにしました。

–その取材の前後で何かお気持ちに変化はありましたか?

吉田:実際に訪れてみて、社会との隔たりは感じましたね。
総合支援センターは特にでしたが、山奥にあって「そりゃあ、世間はなかなか知ることはないだろうな」と。
もちろんいろいろな問題もあるでしょうし、今はインクルーシブ教育(障害のある子どもと障害のない子どもが共に教育を受けること)などの取り組みもありますが、実際に感じたのは隔たり…それこそ“間隔”というものですよね。
僕自身それを知らなかったので、知れたことは良かったです。大袈裟かもしれませんが、僕がこの漫画を描いて世に出すことで「そういうのもあるんだ」と知っていただく機会になったらなと思います。

<血の間隔3話より>
知恵を総合支援センターまで送り届けたときの第一印象。その後知幸は知恵を知るため、センターの見学を申し出る。

–では、この作品の執筆前と執筆中の現在では、妹さんに対する気持ちは変化しましたか?

吉田:とても変化しました。
作品を通して俯瞰的にものごとを考えることで、これまでの僕自身や家族の感情・想いを整理することができました。今までだと一方的に怒ってしまっていたような妹の言動も、その理由に気付くことができ、受け入れられるようになりましたね。これまでは妹の表面的なところしか見えてなかったんだと思います。

–なるほど。知恵を「障害のある妹」と表面的に捉えていた知幸が、知恵と向き合い彼女自身を知っていこうとする姿と吉田先生のお話がすごくリンクしていますね。

吉田:そうですね。これって解決法が決まり切った簡単な話ではなくて。そのやきもき感が大事というか、リアルなんです。
この物語も、解決へ向かうのではなく、ひとつずつ知っていく、という話です。
知ることによってどう行動するかは人それぞれですが、相手のことを知っているのと知らないのでは雲泥の差なので。
知幸も、知ろうとしていっているんです。その中で上手くいかないなと思うことがあっても当たり前。そういった葛藤しながらも向き合おうと努力する姿を描いていきたいです。
僕も妹に会うたび、「こういうところもあるんだ」と知っていくことができました。もちろん、そう冷静に思えるときだけではなくて、「なんだよ!」と感情的になってしまうこともあるんですけどね(笑)。

–吉田先生が思い入れのあるシーンやエピソードを教えていただきたいです。

吉田:冒頭でも少しお話ししましたが、この作品を描くきっかけになった事件。それと似たものが報道されるところです。

<血の間隔7話より>
障害者施設に刃物を持った男が侵入したというニュースが流れる。入居者に怪我はなかったものの、犯行の動機について聞いた知幸が衝撃を受ける。

吉田:人は誰しも優生思想を持っていて、それが肥大化した結果ああいった犯行に及んだのではないかというところから、知幸が自分の感情を重ねてしまい自己嫌悪に陥るシーンですね。ここが、僕にとっては一番大きかったです。
これって知幸だけの問題ではなく、「障害って重いよね」とか「関わりたくないな」とか、そう思っている時点で“障害者と健常者”を分けてしまっている当事者なんですよ。一見ここは知幸の個人的なシーンに見えますが、実はもっと深い意味で、みんなそうなんじゃないかという提示の意味も持たせています。
実は、担当編集者と一緒に例の事件を考える会を訪れてお話を聞いたこともあるのですが、やはり事件の犯人が言ったことは障害者に対する価値観を改めて見つめ直すきっかけを与えたという意味で、社会的に大きな影響を及ぼしたんですよね。その優生思想的な考えは犯人だけの特別なものじゃなくて、その種みたいなものは誰にでもあるものだと思います。犯人はそれまでの様々な環境や感情により、その種が悪い方に芽吹いてしまったのであって。
もちろん誰もが「人より優れていたい」とか、「幸せに生きたい」とか、そういった気持ちがあるのは当たり前のこと。それに気付くか気付かないかが重要なのかなと思います。説教をしたい訳ではなくて、他人事でいてはいけないんじゃないかというのを“知幸”というキャラクターを使って伝えたかったです。

※作品内の事件はストーリー上の要素として描いているものであり、実在の事件とは関係ありません。

–“きょうだい児”である吉田先生が考える、障害のある方に対する社会の在り方について、ご意見あれば伺いたいです。

吉田:僕がずっと思っているのは、障害があるないに関わらずもっとパーソナルな面を見られるようになればいいなということです。
障害があるから弱い、守らないといけないというのも過剰すぎるとそれはそれで問題だと思うんです。健常者と障害者というのはあくまでひとつの区分けであって、アメリカ人と日本人とか、そういう区分けと同じものかなと。もちろん、制度とかの話になるとその大きい枠組みは必要ですけど。
出身地とか、性別とか、障害者だとか、少なからずそういう区分けってよくしてしまうんですけど、その中にもいろいろな人がいる。もっと寄り添ってその人自身を深く知ろう、という見方が大きく広まるといいのではないかなと思います。
これは僕が妹と向き合ったからこそわかったことで、知るほどにいいところもあればそうでないところもある。でもそれは障害者だからではなく「人間だから」なんですよね。

–吉田先生が「血の間隔」を通して読者に伝えたいことは、どういったことでしょうか?

<血の間隔4話より>
知幸は改めて知恵との血の繋がりを感じる。

吉田:作品のメインテーマは“障害”ではなくて、タイトルにあるように“血のつながり”や“家族との向き合い方”です。
血縁関係って実は、絆でもあり呪縛でもあって紙一重なんです。血縁関係について考え方は人それぞれですが、これは障害とか関係なく、生きているうえでみんなが持っています。
「血の間隔」で描いているのは“僕にとっての血のつながり”です。これは僕と妹だけではなく、僕と父親・母親、姉と妹…など、僕を取り巻く家族全部の血の繋がりを立体的に描いています。
これを提示することによって、読んだ方が自分はどう思ってどう向き合っているのかを考えてもらえたら嬉しいです。

–知恵や両親との関わりを通して、知幸の心情や今後の展開はどうなっていくのでしょうか?ネタバレにならない程度に(笑)、教えていただきたいです!

吉田:うーん。あんまり言うとそれこそネタバレになっちゃうんですけど(笑)。
僕の中では、最終的には知幸と知恵は幸せになって欲しいという思いがあります。これは現在進行形の自分自身にも言えることです。
知幸自身が見出した “幸せとは何か”という答えをどう見せていくかというところで、この物語は一旦幕を閉じるのかなと思います。僕自身、妹とどう向き合っていくのかは現在進行形でまだ伸びしろがあると思っていますが、ひとつの区切りとして今の自分が出した答えが作品のゴールです。
そこから先のことは僕も体感していないし、最後の最後で嘘は描きたくはないですから。

–最後に、読者(インタビューを読まれている方)に向けて一言いただけますでしょうか?

吉田:「血の間隔」という作品は、僕自身の経験を背伸びせずに描いた漫画です。
大小つけるのは無粋なことですが、実際に“きょうだい児”の方には、もっともっと大変な思いをしている方もいらっしゃると思います。それについてどうこう言える立場ではありません。
大切なのは、考えることだと思います。もちろん、それは悩みすぎることでなくて、知らないことを気付くことが大事かなと。悩みすぎてしまう方は逆に楽観的になるべきところもあったりしますし。
「血の間隔」はあくまでも僕の経験としての作品ではあるのですが、読んでいただいた方が自分自身に立ち返って考えるきっかけになればいいなと思います。

吉田先生、ありがとうございました!
続いて、「血の間隔」担当編集者である『まんが王国』(株式会社ビーグリー)社員にも作品について語ってもらいました。

–なぜ『まんが王国』でこの「血の間隔」という作品を作っていこうと思ったのでしょうか?

担当S:『まんが王国』のユーザーには20~40代の女性が多いという特徴もあり、家族関係といったテーマの作品はよく読まれていて人気があります。
この作品は主人公が障害のある妹と向き合っていく関係性を描いた作品で、“障害”というフィルターはあるにせよテーマ性や漫画作品としての魅力があると思い、吉田先生と一緒に作り上げていくことを決めました。
やはり実体験が元になっているというところが大きくて、空想でなく事実に基づいている分、よりストレートに読者に伝わるのがいいところですね。
『まんが王国』はオリジナル作品の創出に力を入れていますし、吉田先生も講談社で漫画を連載されていた実力者なので、企画会議もすんなり通りました。

–なるほど。読者の求めるヒューマンドラマ作品であることが決め手だったのですね。

担当S:はい、当初思っていたのはそうですね。ただ、自分は身内に障害のある方もいなくてずっと知らなかったことを、実際に打ち合わせを重ね取材にも同行して知っていくなかで、考え方が変わってきました。
その体験を読者の方にも届けたい、そうすることが社会的にも意義のあることだと思うようになりました。

–担当編集として取材もすべて同行されたのですか?

担当S:はい、すべて同行しています。やはり一緒に作品を作り上げていくうえで、先生と担当編集者は共通認識を持っておくべきですから。
吉田先生の地元・福井県の施設に取材に行きました。また、今回のインタビュー内では触れられていませんが、吉田先生のお母さまは特別支援学校の校長先生をされていて、そちらにも伺いましたね。ただ、福井県は地方なので、都市部はどうなのかなということで、その後には東京都杉並区の特別支援教育課にも取材しました。
もちろん、先生の妹さんにもお会いしましたし、そういった経験を重ねていくことで僕も障害のある方に対する考えが変わっていきました。

–「血の間隔」という作品の“漫画としての面白さ”はどこにあると思いますか?

担当S:人間くさいところでしょうか。
主人公の知幸自体も、煮え切らないところが結構あって。吉田先生にも何回か言ったことあるんですよ、「知幸、変わらなきゃって言いながら全然変わってないじゃないですか」って(笑)。
でもリアルなところ、人間ってそんなに簡単には変われないじゃないですか。気付いて、考えて、行動してはじめて、人は変わったといえます。
ちょうど先日上がった10話のネームでは、知幸が変わったな、というのが感じられるエピソードになっていて、そういった人間的な成長を描いているところが面白さですね。
その成長っていうのは知幸だけでなくて、実は知恵の成長もあったりします。
以前、杉並区の特別支援教育課に取材に行ったときに、吉田先生が「やっぱり関わる人間が変わらないといけないですよね」って言うと、それに対して職員の方が「いえ、障害者たちも変わりますよ」というのをおっしゃって。それも吉田先生の中では大きかったようですね。

–やはり、担当編集として「一緒に作品を作り上げている」という思い入れもあるのでしょうか?

担当S:それはすごくありますね。先ほども言いましたがご家族にもお会いしたり、吉田先生の考え方を聞いて、作品に対する意見の交換をしたりして作っているので。
この作品は主人公が障害のある妹とどう向き合ってどう生きていくかを描いたものですが、実際に親・祖父母・兄弟姉妹…または恋人や伴侶に対しての向き合い方として、多くの人に当てはまることなんじゃないかなと。この作品が、他者との向き合い方、考え方を変える一翼を担えればいいなと思います。

ありがとうございました!作品の今後の展開も楽しみにしています!

「血の間隔」はコミック配信サービス『まんが王国』にて9話まで配信中です。(2020年6月現在)
▼「血の間隔」作品ページ
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