この手塚治虫がヤバい。タブー、猟奇、異常性癖……「漫画の神様」のエグい作品を改めて読む

まとめ

手塚治虫の漫画を、読んだことはありますか?

現在の日本の漫画の基礎を築いた漫画家・手塚治虫。
1989年、昭和の終わりとともに60歳で亡くなった手塚は、その生涯で『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『リボンの騎士』『ブラック・ジャック』『火の鳥』など、たくさんの著名な作品を遺した。
科学やさまざまな文化、教養を下敷きに描かれた彼の作品には、なんとなく「教育上よろしい」というイメージがある。
実際、手塚治虫=学校の図書室に置いてある漫画……という印象を持っている人も多いことと思う。筆者の出身中学校にも、『ブラック・ジャック』と『ブッダ』が全巻備えられていた(1冊また1冊とモラルのない生徒に持ち去られ、卒業する頃にはすっかり歯抜けになってはいたけれど……)。

さて、本稿で紹介したいのは、学校の図書室には置いていないタイプの手塚治虫作品である。

「黒手塚」などと呼ばれることもあるこの種の手塚作品の存在は、知っている人は知っている。
でも、もし、あなたの中で「手塚治虫」が「学校の図書室にある漫画」のイメージで止まってしまっているとしたら、これから取り上げる作品たちは、あなたにとって十分に衝撃的だと思う。

農村の旧家で生まれ、隠される罪と犠牲……『奇子』

まず紹介するのは『奇子』
「あやこ」と読む。戦後間もない日本、青森のとある農村から始まる物語だ。

奇子 手塚治虫文庫全集
©手塚プロダクション/講談社

村の大地主・天外(てんげ)家は、家長が絶対的な権力を持つ旧家。
ある日、末娘の奇子は、次男・仁朗が自らの犯した罪の証拠を隠滅しようとしているところを偶然目撃する。
「天外の家から罪人を出すわけにはいかない」と一族はもみ消しに動き、何の罪もない4歳の奇子は、戸籍上死んだことにされ、1人土蔵に閉じ込められてしまう
さらに、奇子の身を案じるすぐ上の兄・伺朗もまた、幼い精神のまま身体だけが成熟していく奇子から迫られ、関係を持ってしまうという罪を犯す。

閉ざされた世界で塗り重ねられていく罪と、美しいままの奇子。
彼女を取り巻く人々と社会のドラマは重く複雑で、とても全1巻とは思えない読み応えだ。

芸術の女神、あるいは……? 退廃の香り漂う大人のおとぎ話『ばるぼら』

続いて紹介する『ばるぼら』は、美倉洋介という純文学作家が主人公。
彼に「バルボラ」と名乗る、ホームレスのような風体をした奇妙な女性がつきまとうようになるところから、物語は始まる。

ばるぼら 手塚治虫文庫全集
©手塚プロダクション/講談社

本作の魅力は、全編に漂う奇妙なトリップ感
美倉のモノローグや文学作品からの引用が多用される台詞回しや、薄暗く甘ったるい空気が、読む者を非日常へと誘ってくれる。

冒頭から明かされる美倉の秘密(彼は、人間以外のものに欲情する性癖の持ち主である)や、物語が進む中で判明してくるバルボラの驚くべき正体など、数々のアンダーグラウンドな要素も含め、「大人のための、毒々しいおとぎ話」と呼べるような作品だ。

ヒッピー文化やオカルティズムといった当時の流行を感じさせつつも、時代を超えて独特の存在感を持つ一作だ。

「美」とは何かを問う、陰惨な猟奇ホラー『アラバスター』

最後に取り上げるのは『アラバスター』
先に挙げた2作品はどちらも「ビッグコミック」(小学館)で連載されたもので、はっきりと大人を対象として描かれていたが、これは「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に掲載された作品だ。

アラバスター 手塚治虫文庫全集
©手塚プロダクション/講談社

人種差別に苦しみ、自分の黒い皮膚を消してしまいたいと望んだある男=アラバスターは、偶然手に入れた「透明になれる光線」を浴びるも、誤って「皮膚のみが透明」=骨格や筋肉、血管が透けて見える、グロテスクな“半透明人間”になってしまう。
自身の運命を呪ったアラバスタ―は、その光線を妊娠中の母親が浴びた影響で透明人間として生まれ育った少女・亜美を女王として担ぎ上げ、世の中の美しいものを醜く変えてしまおうとするのだ。

陰惨なストーリーで、ショッキングな描写が多い。手塚自身、「嫌いな作品」と語っているほどだ。
だが、そのホラー表現には鬼気迫るものがあるし、さらに、数々の悲運に見舞われる透明人間の少女・亜美の描写が、異様に色っぽいのもポイント。
「いけないものを見てしまっている」背徳感を強く誘う作品だ。

ところで、これらの作品の執筆時期は、1970年~1973年頃に集中している。
自身の会社の経営に悩んだり、「劇画」と呼ばれた新しい漫画表現が人気を得て「手塚治虫は古い」と言われたりしていた、手塚にとって最もつらかった時代だ。
でも、それらの要素が手塚にこういった作品を描かせ、彼を「良識的」という評価にとどまらない作家にしたのだと思うと、つらい経験もその後の人生や、あるいはもっと広い範囲に役に立つものになるのかもしれない、なんてことを考えてしまう。

平成最後の1年である今年は、実は手塚治虫生誕90周年の年でもある。
昭和とともに生きた“漫画の神様”の作品、もしあまり触れてきていないなら、この機会に手に取ってみてはいかがだろうか?

奇子 手塚治虫文庫全集/手塚治虫 講談社
ばるぼら 手塚治虫文庫全集/手塚治虫 講談社
アラバスター 手塚治虫文庫全集/手塚治虫 講談社