漫画が好きなら、避けるのはもったいない。誰でも読めて絶対面白いBLあります!

まとめ

BL(ボーイズラブ)。男性同士の恋愛を描いた漫画や小説のジャンルである。
あなたは、イケるクチだろうか。
それとも、反射的に敬遠してしまうクチだろうか。

私はというと、このジャンルの特に熱心な読者ではないものの、まさに「イケるクチ」という表現が当てはまる程度にはBLもたしなむ人間である。

10年ほど前から、『となりの801ちゃん』(小島アジコ)のヒットなどをきっかけに、BL作品を愛好する層=腐女子の存在がクローズアップされるようになった。NHKの番組で特集されるなど、社会的な目線からも関心を寄せられている。「市民権を得た」というとまたニュアンスが違うが、BLがひとつのジャンルとして定着していることはまぎれもない事実だ。
漫画や小説といったコンテンツを楽しむ人の中でBLを読む人の数は相対的に増えているのだろうし、同時に作品の数も増えた。

この10年ほどの流れを眺めていて、個人的に少し驚いていたのは、アマチュア作家による作品も含めた全体的な傾向として、過激な性描写を含む作品が目立つように見えることだった。
少女漫画の性表現の変遷、TLコミックの隆盛、またBLとTLの描き手を兼ねる作家が少なくないこと…などが背景としてはあったのかもしれないが、ともあれ、BL=エロというイメージが広く流布してしまっている面があるように思っており、これはもったいないことなのでは、と感じている。
実は、作品の数が増えた分だけ、型にはまらない、自由な作品も登場していると思うのだ。

ここでは、「漫画は好きだし、面白い漫画はいつも探しているけど、BLはどぎついイメージあるし…ちょっと抵抗あるな…」という人に、「こんなのもありますよ!」という例を2つ提示してみたい。

ひたすらに美しい、北の男子大学生2人の静かな物語『雪の下のクオリア』

『雪の下のクオリア』(紀伊カンナ)は、北海道を舞台とする男子大学生の物語。同じ大学に通い、同じ学生寮に住む明夫と海。ふたりがある夜、寮で偶然鉢合わせるところから物語は始まる。
明夫は気難しく人嫌いで、研究対象でもある植物が大好き。幼い頃に父親に蒸発され、母親も失った過去を持つ。海は明夫より後輩で、ゲイで、奔放な遊び人。深夜に酔いつぶれて寮に帰宅した海を明夫が介抱したのがふたりの出会いだ。

雪の下のクオリア
©紀伊カンナ/大洋図書

行きずりの相手と一晩だけの関係を繰り返す海に父の影を見た明夫は、自分に懐いてくる海に対して愛憎半ばする思いを抱く。一方、明夫に惹かれた海は、関係を持たなくとも自分と一緒にいてくれるから先輩が好きです、と明夫に告げてみせる。そんな海の言動をまた、明夫は苦々しく思う。

ふたりの関係はいびつで、完全に言語化できない複雑な感情を抱き合っている。本作の肝は、そのふたりの言葉にしきれない複雑な感情が、圧倒的に美しい画で表現されていることにある。

作者の紀伊カンナは、BLを普段から読む人の間ではすでに絶大な人気を持つ漫画家。その最大の魅力は、アニメーター・イラストレーターとしてのキャリアに裏打ちされた、躍動感と透明感に満ちた画力。それが、「言語化できない情報を可視化するための力」として活かされているのだ。
イキイキとしたキャラクター描写、モノクロなのに瑞々しい質感を感じさせる光と影の表現、北国のシンとした空気が伝わってくるような“間”の表現。
BLというジャンルを超えて、読む人すべてに、思わず感嘆のため息を漏らしてしまうような漫画体験をもたらす作品であると思う。
結末まで含めて、とにかくひたすらに美しい世界を、ぜひ堪能してみていただきたい。

BL要素なんて飾りです。良質な短編漫画集『兄の忠告』

続いて紹介する『兄の忠告』(朝田ねむい)は短編集。22歳のやんちゃな男子と謎の多い兄、男子高校生のカップル、恋多きゲイの作家と担当編集者…など、表題作を含む7編の男たちの物語が収録されている。
だが、本書においては、はっきり言ってBL要素は味付け程度のものだ。

兄の忠告
©朝田ねむい/プランタン出版

日本人の多くは「短編」の面白さを星新一と『ブラック・ジャック』で知ると筆者は思っているのだが(異論は認める)、本書は、いわばそれらの系譜にある、いわゆる「良質なショートストーリー集」である。
そのストーリーの一要素に、たとえば星新一なら「SF」があるように、本書の場合は「いい男たち」という項目があるだけだ

実際、ゲイカップルが登場はしても、物語の主眼は彼らの身に起こる奇想天外な出来事であり、彼らの間にある関係そのものではない。したがって、直接的な行為のシーンもほぼ登場しない。
落語のようでもある軽妙な物語を、魅力的な男性たちが演じるのを楽しむ。本書は、そういう1冊である。
(表題作の後日談『マイホーム』のみ明確に性描写があるので、苦手な方はここだけは薄目でさらっと見ていただければと思う。全9ページのショートショートです)

本稿で取り上げた2作品は、どちらもはっきりと「BL漫画」に分類されている。
リアル書店でも、一角に固まった「BLコーナー」に置かれている作品である。
つまり、わざわざBLコミックを読みに来る人、「BLが好き」な人でなければ手を伸ばす機会がなかなかない。それがもったいないと感じていた。
個人的には、そんなふうに、「ふだんそのコーナーに来ない人にも届く漫画」を、多くの人に届ける一助になれたらいいな、なんてことを考えている。

雪の下のクオリア/紀伊カンナ 大洋図書
兄の忠告/朝田ねむい プランタン出版(兼松グランクス)