血が沸騰するような熱を感じたければバシ漫画を読め! 『バシズム 日本橋ヨヲコ短篇集』

レビュー

人生観を変えられるような、価値観を揺さぶられるような、そんな漫画や漫画家に出会うことがある。
日本橋ヨヲコは筆者にとってその一人で、おそらく、読んだ人の「特別な作家」になる確率の高い漫画家であると思う。
 
今回取り上げるのは、彼女のデビュー作を含む初期短編集『バシズム 日本橋ヨヲコ短篇集』だ。

新装版 バシズム 日本橋ヨヲコ短篇集
©日本橋ヨヲコ/講談社
 

ヒリヒリ痛い。くすぶる10代たちの多種多様なドラマ

 
『バシズム』は、9編の短編からなる作品集。
同一の設定・世界観を持つ連作も含まれるが、基本的にすべて独立した作品になっている。
 
巻頭を飾る『ストライク シンデレラ アウト』は、厳しい家庭事情から学費免除の陸上競技特待生として高校に入学しながら、思うように結果を残せず進退にひとり悩んでいた硝子と、彼女のことが気になるケンジ、そしてその仲間たちのひと夏を描く青春劇。
 
続く『ノイズ キャンセラー』は、容姿にコンプレックスを持ち、いわゆるスクールカースト下位に属する男子高校生・板橋と、ルックスも性格も魅力的なクラスメイトの女子・内海の小さなドラマ。
 
生徒会選挙をきっかけに展開する、みんなの人気者・カオルと彼を想う強気な女子・ミカの物語『バングスタイル ア ゴーゴー』『インセクトソウル』、ちょっとSFチックな要素を含む『Id[イド]』、「佐藤君」と「山田さん」のヒリヒリするような会話のみで進行する『CORE』…と、内容はバラエティに富んでいるが、共通しているのは、“熱く、痛々しく、優しい青春ドラマ”であることだ。
 

 
 
ここに登場する若者たちは、失敗し、傷つき、悶々と悩み、涙を流し、血を流しながら、何かに気づいたり、何かを得たりして成長する。
 
物語の結末=彼らの未来にはいつも、希望と優しさが用意されていて、そこに至る過程がヒリヒリと痛いだけに、そこにはたまらないカタルシスがある。
 

温かく斬りつけてくる、セリフとモノローグたち

 
…と、ここまで読んで「もう青春って年じゃないし…」とか、「アオハルかよ…(失笑)」とか思ってしまう人もいるのではないかと思う。
実は心の奥で日々思い悩みながら生きている人ほど、「もう自分は大人なんだから、そんなことで悩んでいてもしょうがない」と、自分に言い聞かせているかもしれない。
 
そうやって彼らの物語を「青臭い」と切り捨て、達観したような態度をとって、物わかりの良い大人のフリをするのは簡単だ。
 
でも、日本橋ヨヲコの漫画は、そういう態度を保とうとする読者の心に対して、力強く勢いのある画とともに、たとえばこんなセリフやモノローグで、ストレートに斬り込んでくる。
 
「こっちを向いて欲しかったら 声に出して 言わなきゃ」
 
「自分が思ってるほど人は冷たくない」「現実はそこまでオレたちに厳しくない」
 
「考えすぎて動けなくなるほどバカなことはない」――。
 
筆者の実感として、これらのセリフに見られるような、青臭いほどの純粋さは、年齢を重ねれば重ねるほど、忘れないように意識したほうがいいのかもしれないという気がする。
 
描かれているのは10代の少年少女たちだが、彼らを通じて作品が投げかけてくるメッセージは、今10代の人にも、かつて10代だったすべての人にも響く、普遍的なものなのだ。
 

作者も若かった。初期衝動の詰め合わせをお試しあれ

 
20歳前後の頃に『G戦場ヘヴンズドア』『極東学園天国』『プラスチック解体高校』、そして本作『バシズム』を立て続けに読んで衝撃を受けて以来の日本橋ファンである筆者は、一昨年、秋田県横手市の増田まんが美術館にて開催された「日本橋ヨヲコ画業20周年記念展」に足を運んだ。
 
会場では『バシズム』収録作品から最新作にして代表作の『少女ファイト』まで、多くの原画や資料が展示されていたのだが、鑑賞後に筆者が最初に抱いたのが、「『バシズム』読み返したいなあ…」という感想だった。
 
『バシズム』には、一番コアな、原液のように濃い日本橋漫画のエッセンスが詰まっているのだ。
 
作画やキャラクターの造形など、いろんな部分で洗練され、間口が広がった近年の作品ももちろん良いが、まず入門編としては、やはり本作をおすすめする。
 
どれか一編にでもグッと心を揺さぶられたなら、あなたにとって日本橋ヨヲコの漫画は、ずっと大切にしたい特別な存在になる可能性がある。
 
悩める若者にも、もう若くないと思っている人にも、とびきり青くて濃厚な“バシズム”―“日本橋イズム”に、一度触れてみてほしいと思う。
 
 
新装版 バシズム 日本橋ヨヲコ短篇集/日本橋ヨヲコ 講談社