この作品は私をどんな感情にさせたいのか?『バスタブに乗った兄弟〜地球水没記〜』

レビュー

『絶望の犯島―100人のブリーフ男vs1人の改造ギャル』を描いた鬼才、櫻井稔文が描く最新作が、とにかく面白い。とにかく面白いのだが、私はいま、このレビューを書くことを希望した過去の自分を呪っている。どう考えても、言葉を尽くして面白さが伝わるような作品ではないのだ。というよりも、正直「表紙を見てください」とだけ言って終わらせたい気持ちである、今。表紙を見てください。

バスタブに乗った兄弟~地球水没記~
©櫻井稔文/双葉社

情報量が多すぎる

まず、表紙からして情報量が多すぎる。二人の兄弟が沈没した都市を漂流している、というだけでもう十分なのに、彼らが乗っているのはなぜかバスタブだし、後ろに立つ兄の方は、箒をかかげ、落ち武者のような禿げ方をしたロン毛で、へそ丸出し、なぜか下はパンツ一丁の巨漢、という反則級のキャラの濃さ。そして、背後には巨大なサメが血だらけの口を大きく開き、人を食べている、パニック映画さながらの情景。「うわー!怖い!」って言いたいし、人が死んでるから悲しい顔をしたいのだけど、ブリーフ姿の兄がそれを許さない。バスタブに乗った兄弟の間抜けな姿がそれを許さない。この作品は、私をどんな感情にさせたいのだろうか。

物語は、一夜にして世界が水没した日の朝から始まる。

どうしてそのような事態になったのか、理由は誰もわからない。水位はどんどん増していくから、屋上に避難していた住人も次第にサメの餌として食われていってしまう。自分のクラスメイトがサメに食べられたり、その家族がパニック状態で自殺するのを、蒼白とした顔で眺める弟・春生。その悲惨な状態を背に箒をオール代わりにバスタブを進める兄・夏生。
どう考えても笑ってはいけないシーンなのだが、夏生の滑稽な姿がずっと視界をちらつくせいで、じわじわとくるものがあり、口角が上がってしまう。それに、あまりにもたくさん人が死んでいくので、事態の深刻さも麻痺してくる。

水没前夜に春生が童貞を捨てようとするシーンが入ってくるのも、またずるい。おっぱいだけを目当てに、童貞を卒業したくて付き合った彼女を実家に連れ込むが、やっぱり顔が無理で帰らせてしまう。兄のキャラの濃さについ見逃してしまいそうになるが、この弟もなかなかゲスいのだ。兄弟揃って、ろくな男ではないのだ。

そんな二人が乗ったバスタブは、とにかくサメに食われる危険から逃れるため、目的地もなく、ただただ水没した街の中を漂流し続ける。

果たして、この作品の終着地点はどこにあるのか。水没の謎は解き明かされるのか。回を重ねるにつれて、動物園の動物が大集合したり、クラスメイトのギャルと遭遇したり、さらに情報量が増していくのだが、収拾はつくのだろうか。

しかし、前作『絶望の犯島―100人のブリーフ男vs1人の改造ギャル』(これは、社長の嫁と娘をたらしこんだ男が罰として性転換手術をされ、性犯罪を犯した人ばかりが収容される島に解き放たれる物語だ。何を言っているかわからない人は、とりあえず一話だけ読んでほしい)があらゆる濃い要素を混ぜ込みながらも華麗に着地した信頼感がある。
きっと、この物語も、私たちの想像もつかないような痛快なところに連れて行ってくれるに違いない。

バスタブに乗った兄弟~地球水没記~/櫻井稔文 双葉社