『へうげもの』のオノマトペで歴史が好きになる話

レビュー

歴史についての勉強は苦手だ、美術品ってどういう見方をしたらいいんだろう…そう感じている人はたくさんいるはず。
そんなあなたにオススメしたいのが『へうげもの』。
私はその「オノマトペ」を使った表現技法のおかげで、苦手意識がはるか彼方にぶっ飛びました。

戦国時代から江戸時代にかけて活躍した武将、古田織部が主人公の漫画、『へうげもの』

へうげもの
©YOSHIHIRO YAMADA/講談社

『へうげもの』は、織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康といった人物たちが活躍した激動の時代が舞台。
主人公・古田織部が、そうした時代にどう生きたか――また、「茶聖」とも呼ばれる茶人・千利休との師弟関係や、「日本の美」が政治においていかに重要だったかも描かれている。

と、ここまでちょっと固めな言葉で作品紹介をしてみたが、実際読んでみると「難しいな…」なんてことはない。
むしろ、歴史ものは苦手だなと感じている人にこそ読んで欲しい。
その理由のひとつが「オノマトペ」である。

「オノマトペ」とはつまり、擬音語のこと。
漫画表現でよくある「ジャーン」や「ドン」など、音を文字で表したものを指す。

茶人が主人公の漫画ということで『へうげもの』にはたくさんの歴史的美術品が登場するが、主人公、古田織部の美的感覚が面白い。品評がオノマトペなのだ。

「天下三肩衝(てんかさんかたつき)」「茶壺橋立(ちゃつぼはしだて)」「流れ圜悟(ながれえんご)」など、文字に起こすと漢字に間違いがないかしっかり確認しないといけないものばかりだ。ちょっと大変。
そういった美術品を、キャラクターたちが品評するシーンも数多くある。

よく知らない人からすると「美術品の価値」というのは難しい。何を持って「美」とするか、それをどうやって理解するか。テレビ番組『開運!なんでも鑑定団』を見たことのある人なら分かるだろう。「なんでこれがこんなに高いの…?」と思ったことがあるはずだ。頭をうんと働かさないといけない。

しかしそこで、主人公・古田織部の品評が登場する。
例えば、

武将・松永久秀が所有していた茶釜「平蜘蛛釜(ひらぐもがま)」への感想である。
「のぺぇっ」や「どぺぇ」という表現。長嶋茂雄がバッティング指導をした際、ボールや腰の動きを擬音で表現した、というエピソードを思い出す。
「これは重さがこれぐらい、材質は鉄で…」なんて書き方をされるよりも、重さや質感が伝わってくる。
また、

フランシスコ・ザビエルが描かれた絵を見て「スパァッ」という擬音を使っている。漫画なので絵はもちろん白黒、セリフの中で色について触れている訳でもない。ただ、なんとなく明るい色使いなんだろうな、というイメージが湧いてくる。

美術品だけではない。上のコマでは、自身の妻のおっぱいを「はにゃあ」と表現している。ちなみにこのおっぱい解説シーンは次のページの終わりまで続く。何を見せられているんだろう。

極め付けはこちら。丿貫(へちかん)というキャラクターが住む家への寸評である。擬音しか出てこない。ひらがなで書かれた「めたぁ」という部分だけ、気に入らないそうだ。カタカナで表現できるようなものが好きなんですよ、古田織部は。

このように、オノマトペを使った感覚的な表現によって、「物」のイメージを読者に伝えている。
作者は誰で、どこでどういう技術が使われて出来上がったか。誰が所有していて、どういった評価がされているか。それを文字で説明されても、見た目や手触りは分からない。
しかし擬音で表現されると、なんだか目の前に「物」があって、実際に触っているような気分になる。というか、触ってみたいと思える。「この擬音は正しいのか?」と確かめたくなってしまう。

つまるところ、『へうげもの』は歴史漫画であり、美術の入門書でもある、と私は思う。
現代人がなかなかイメージしづらい、当時の日本。
これが感覚的に掴める作品ではないか。
その時代の「物」に興味が湧けば、その背景を調べたくなる。すると自然に、歴史への知識が深まっていく。なんともまあ、うまくできた教科書じゃないか。ねぇ?

難しい漢字が並ぶ歴史書に苦戦してしまう人は、ぜひ『へうげもの』を読んでください。
そうすれば、日本の歴史が「シュッ」と頭の中に入ってくるはずです。

へうげもの/山田芳裕 講談社