キャバ嬢×夜の歯医者×ご当地!じわじわコメディ『錦糸町ナイトサバイブ』

レビュー

総武線で千葉県から東京都に入って5駅目、「その町に用事があって降りる」ことは正直なところあまりない駅、錦糸町(きんしちょう)。
今回紹介する『錦糸町ナイトサバイブ』は、そんな町が舞台のコメディ漫画だ。

「ガイドブックに載らない残念な町」錦糸町をふわっと案内

錦糸町ナイトサバイブ
©Mai Matsuda/講談社

キャバ嬢が主人公のドラマに憧れ、自らもキャバ嬢として成り上がるために秋田から上京してきた主人公・小夏(こなつ)は、どう見ても中学生にしか見えない20歳。
おばあちゃんが昔住んだ町であるという理由から、そして「東京はどこも東京だべ…?」というアバウトさから、歌舞伎町でも六本木でもなく錦糸町に降り立ってしまった小夏は、うっかり300万の借金をこしらえる羽目になり、たまたま再会した幼なじみ(?)のおじいが営む夜間診療専門の歯科医院「よなか歯科」で歯科助手として働き始める。

作中には、舞台となっている町・錦糸町の実際の風景がたびたび登場する。

いわゆる「ご当地ネタ」を含む作品は、漫画に限らず多数あるが、それが作品の本質以上のウェイトを占めるようになってしまっては、地域のPR作品のようになってしまう。
本作はそのバランス感覚がちょうどいい。「ガイドブックに載らない残念な町」的な面がギャグとして強調されつつ、隅田川の花火大会や地域の祭り、ちょこちょこ存在する個性的な店といった錦糸町周辺地区の「魅力」も自然に描かれていて、「ちょっと行ってみたいな」と思わせてくれるのだ。

フラットな視点で描かれる、「よなか」の仲間たち

夜間診療専門の「よなか歯科」には、キャバ嬢をはじめ、錦糸町で夜の仕事に従事する人々や、それらの店の常連客たちが患者として訪れる。
そんな登場人物たち全員に、フラットなあたたかい視線を感じるところも、本作の推したいポイントのひとつ。
キャバ嬢や黒服はもちろん、そこに通うおっさんたちも、どこか愛敬のある存在として描かれるし、本気でイヤな奴として描かれるキャラクターは(いまのところ)登場しない。
ネタにはしても、見下したり、無駄に恐れたりはしない。
それはおそらく、「よなか歯科」が町に対して持つ姿勢そのものであり、それが作品全体に漂うほのかなあたたかさに通じているように思う。

そして、歯科治療にまつわるちょっとした雑学ネタも楽しく、おじいの歯科医ならではの視点から放たれるセリフにはなかなか含蓄があったりもする。
八重歯の矯正を迷うキャバ嬢・桃華に小夏が最初にかけた言葉は、一見「そうだよね!」と全面同意してしまうものだが、それを歯科医の視点からたしなめるおじいのセリフには、筆者も小夏と一緒に「なるほど~…」と思わずうなってしまった。

(詳しくはぜひ本編で!)
そういった意味で、一面的に物事を見ないこと、一歩引いた視点で相手のことを考えること、の大切さを感じさせる作品になっているようにも思う。
小夏が持つ、周囲の誰もが、そしてもちろん読者も「おっ?」と思わされるひとつの「長所」の描写も含め、あっさり読めるようで、結構深い気づきや感銘につながるところも少なくないのだ。

クスッと笑える、ハイテンションすぎないギャグの心地よさ

…などと、ちょっとマジメな感想を書いてしまったが、本作はあくまでコメディ。
小夏とおじい、先輩助手の奈緒子らのやりとりを筆頭に、人を選ばないギャグが随所に挟み込まれ、3ページに一度くらいのペースで「ブフッ」と笑かされる。
夜が舞台の作品にふさわしい、騒がしすぎないテンションも心地よく、仕事帰りなんかにふと開くのにもぴったりの作品だ。

ちなみに…錦糸町、微妙な郊外出身者にとっての「東京」の入口としては、ちょうどいい町だと個人的には思う。
千葉市出身の筆者にとって、錦糸町は「乗り換えの駅」として長年親しんだ駅でもある。
(千葉市以南から都内に向かう多くの人は、錦糸町で横須賀・総武快速線から総武線各駅停車に乗り換えるのだ)
必要な買い物は一通りできるし、ポケモンスポットとして有名になった錦糸公園もある。
本作を読みつつ、そびえたつスカイツリーを遠目に眺めながら錦糸町散歩をキメてみるのも意外と楽しいはずだ。きっと。たぶん

錦糸町ナイトサバイブ/Mai Matsuda 講談社