不気味すぎる毒親漫画『血の轍』からなぜか目が離せない

レビュー

近年、「毒親」という言葉をテレビやインターネット、書籍、漫画など様々なところで目にするようになった。毒親とは、過干渉やネグレクトなど、子どもに対する異常な執着(もしくは無関心)を示す親のことを指し、子どもがそれにより精神的に病んでしまうケースも多い。
 
もはやひとつのジャンルとして地位を築き上げつつある「毒親」。そんな毒親テーマに扱った漫画作品の中でも、どこか異色の存在としてあるのが押見修造が描く『血の轍』である。

 

血の轍
©押見修造/小学館
 

なんで朝ごはんが「肉まん」と「あんまん」の二択なのか

 
物語は、主人公である長部静一が幼いころに母親と猫の死体を撫でていたときの回想から始まる。ハエがまとわりつく猫の死体を撫でながら、なんで死んじゃったの? と聞く静一に、母の静子は優しく微笑む。
 
何を考えているのかわからない母親の表情。普通死んだ猫を息子が触っていたら、「かわいそうだね」と憐れんだり、「触っちゃダメよ」と子どもを離すだろう。少なくとも、笑顔を見せることはない。もう、冒頭からアクセル全開で怖いのだ。結局静一の質問に静子は答えないまま、彼は回想の夢から目を覚ます。中学二年生、思春期真っ只中である。
 
この作品の怖い部分は、「母親が何を考えているかわからない」という点にあり、それは朝ごはんの些細な会話のやりとりの中にも潜んでいる。
 

 
決まって母親は静一に「肉まん」か「あんまん」の二択をせまる。息子想いで、むしろ周囲からは過保護とまで言われる母親が、なぜ温めるだけで手間のかからない肉まんとあんまんしか朝ごはんに出さないのか。もしかしたら静一の好物なのかもしれないが、特にそこに言及がないまま進むから不気味である。

母親からのストレスで子どもの精神が崩壊

 

 
この作品は、母親が時折ぶつぶつと意味のわからない独り言を呟くシーンがあったり、論理的によくわからない会話をしたりと、どこか母親の精神状態に異常が起きているのではないか、と思わせる描写が多い。
 
母親の不可解な言動は、結果的に、ひとつの大きな事件へとつながっていく。静一は、中二では背負いきれないショックを一人で抱えなければならなくなる。
 

 
子は親に逆らえないものか。
 
静一はその優しすぎる性格からか、明らかに理不尽なことをされ続けているにも関わらず、どうしても母親の顔色を伺ってしまう。ここは他の多くの毒親漫画にも通じるところかもしれない。
 
いっそ母親のことなど突き放して、おかしいと指摘してほしい、と読んでいる側は思ってしまう。しかし、渦中にいる彼は、目の前の母親が絶対的な存在で、その小さな体ですべてを受け止めようとしてしまうのだ。

これじゃマトモに恋愛もできないよ

 

 
静一に想いを寄せるクラスメイトもいる。しかし静一は、母親の許可なく家に友達を呼ぶことができず、毎週のように家族ぐるみで付き合っている従兄弟と遊ぶ日々。この作品の中で、静一がクラスメイトと遊んだり交流したりする場面というのは、驚くほど少ない。
 
現在連載中の今作品は、母親の狂気がどんどんエスカレートしていて末恐ろしい。できれば静一に穏やかで健全な暮らしが訪れてほしいが、どうだろうか。もはやホラーかと思うような描写もあり、シンプルに怖い。母親が何考えているのかわからないから、ずっと裏切られる。息子ももう少し気丈に生きてほしい。
 
……なんてイライラしつつも読んでしまう、謎の求心力がある作品だ。
 
それは結局、静子が何を考えているかわからない、という不気味な部分に好奇心を誘われているわけだが。
 
 
血の轍/押見修造 小学館