横浜・恵比寿・吉祥寺。その引っ越し先、憧れだけで決めてない? 『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』

レビュー

こんにちは、ライターの宮﨑と申します。
私ごとですが、今の家に住んで3年経ちました。

そろそろ引っ越してみようかな、なんてつぶやいてはみるものの、瞬間、頭のなかに「でも今の家は駅から近いし」「古本屋もあるし」「近くのご飯屋は美味しい」……と反対意見が山ほど浮かび、引っ越しモチベーションをひねりつぶします。

さらによく考えたら、3年が「そろそろ」というのは、次の更新が近づいてきたことによる影響で、あくまでも他人の定めた基準に踊らされた結果のこと。

大事な決断は他人の基準でやってしまうと、たとえうまくいっても納得いきません。
どこかでしこりが残ります。

だから次の引っ越しは、住みたい地域や住みたい家を探しつつ、自分が納得いくタイミングでやろうと思います。

……ですが、そんな風に都合よくいかないのも、引っ越し。
住みたい地域は家賃が高いし、住みたい物件は満室なのです。
理想の家探しは難航を極めます。

そんな時に読んだら、心から「うらやましい……」と思ってしまうのがこの作品、『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』です。

吉祥寺だけが住みたい街ですか?
©マキヒロチ/講談社

吉祥寺にあるけど、吉祥寺の物件は紹介しない

『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』は、吉祥寺で不動産屋を営む重田姉妹を主人公としたオムニバスストーリー。彼女たちのもとには、多くの“吉祥寺に住みたい人たち”が訪れます。

しかし姉妹はいつも、そんなお客さんの話をフムフムと聴いた後、「じゃあ吉祥寺やめよっか」と元気いっぱいに、吉祥寺“以外”の物件に案内します。

最初は「オイオイ、とんでもねえ不動産屋に入っちまったよ……」と焦るお客さんたち。
しかし、姉妹が案内するのはその人にとって吉祥寺以上にフィットする街と物件です。
ゆるいプレゼンテーションながらも、吉祥寺に住みたかった人はその良さを心から理解し、話が終わるころには食い気味に「ここに住みます!」となるのが毎度のパターン。

紹介される街は、経堂、雑司ヶ谷、錦糸町などなど、ちょっと渋めなところばかり。
でも姉妹の案内で紹介されると、どこの街にも一度は行ってみたくなってしまいます。

「ここに住みたい」じゃなくて、「こうやって生きたい」に寄り添う。

近年では、毎年「住みたい街ランキング」なるものも発表され、そのランキングは至る所で特集が組まれるなど大きな注目を集めています。
SUUMOによる2018年度のランキングによると、1位は横浜、2位は恵比寿、3位が吉祥寺となっています。

しかし、今僕が住んでいるところは別に、「住みたい街ランキング」で上位でもありません。家賃や勤務先との位置関係を考えてピックアップして最後には消去法で選んだようなものでした。

あんまりカッコイイ選び方ではありませんが、この漫画を読んだ今なら、これで正解だったのかなという気もします。

「ここに住みたい!」という無邪気な憧れで、キラキラした部分だけを見た引っ越しをしてしまった場合、キラキラしているように見えた部分は、もしかしたら他人が他人の都合で、光っているように見せているだけかもしれません。

僕は今の家を完全に自分の都合で選んだので、日が入らなくて洗濯物が乾かない時だって、暖房が壊れて凍えた時だって、自己責任として納得して住み続けられたのだと思います。

家を探す人の「ここに住みたい」という憧れじゃなくて、「こう生きたい」という幸せの基準に寄り添って紹介している。重田姉妹のオススメ物件に、ほぼ間違いなく「納得感」が出てくるのもそういった部分があってのことだと思います。

どんな物件なら、その人が、その人自身の基準で選び取ったと納得できるものなのか。
その正解を提案できるからこそ、“吉祥寺じゃなくても”いいのです。

実際に重田不動産があったら今すぐにでも駆け込みたいのですが、残念ながらこの物語はフィクションです。でも、物件選びの視点をちょっといい感じに変えてくれます。
『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』はそんな技を学べる漫画です。

吉祥寺だけが住みたい街ですか?/マキヒロチ 講談社