ゆるふわマニアックな80’s学園SF『究極超人あ~る』は文化系人間の聖典だ

レビュー

『究極超人あ~る』は、1985年~1987年に「週刊少年サンデー」誌上で連載された作品。
90年代には『機動警察パトレイバー』『じゃじゃ馬グルーミンUP!』、近年も『白暮のクロニクル』『でぃす×こみ』『新九郎、奔る!』などを発表し、常に第一線で活躍している漫画家・ゆうきまさみの初期代表作だ。
ゆうき作品はライトな読者とコアでマニアックなファンの両方を幅広く抱えていると思うが、本作はとりわけ、後者のコアでマニアックで熱心なファンが多い作品だ。
今回は、『あ~る』の魅力をひもときつつ、その理由を探ってみたい。

元祖にして“究極”の「高校文化部」漫画

究極超人あ~る
©ゆうきまさみ/小学館

『あ~る』の舞台は、東京都練馬区にある春風高校(通称「春高」)というのんきな名前の学校の「光画部」。光画部は耳慣れた言葉でいうなら「写真部」だ。
ある日突然春高に転校してきて、光画部に入部することになったアンドロイドR・田中一郎、ヒロイン(?)さんご、問題しかない“暴君”・鳥坂(とさか)を筆頭とする、とにかくキャラの濃い光画部員たちやOBを中心とした学園コメディが展開されていく。

まず取り上げておきたいのは、この高校文化部の空気感の描写が、とにかくリアルなこと。

筆者がこの作品を最初に読んだのは14歳の時だった。当時はこの作品を純粋に学園SFコメディとして、「こんな部あるわけない」「こんな人いるわけない」と思いながら眺めていたのだが、2年後に高校に入学して入部した演劇部で、「時間感覚のユルさ」「出どころ不明の備品」「いつの代だかもよくわからないOB」などの要素に「これ、『あ~る』で見た!」と謎の感慨を覚えたものだ。

連載当時から15年ほど後の時代のことなので、もしかしたら、逆に『あ~る』で描かれた世界が現実に影響を及ぼし、その空気感が脈々と受け継がれたのでは…と考えることもできなくはないのだが、たとえそうだとしても、その空気がずっと残り続けるということは、それだけ「ゆるい高校文化部」という集団と、『あ~る』で描かれた世界の親和性が高かったということだろう。

そして、この「高校文化部あるある」が漫画になったのは、非常に画期的なことだったのではないかと思う。
運動部を舞台に、運動部の目線で描かれる漫画は今も昔もいくらでもあって、多くの人から支持を得る。
それは単純に、運動部と文化部なら運動部経験者のほうが多いのだからしかたがないことだが、筋金入りの運動音痴である筆者のような人間にとっては、そうしたスポーツ漫画には「自分には関係のない、自分には体験できない世界を描いている」と、少し距離を置いてしまうところがあったのだ。
こういう文化系人間が安心して共感し「あるある~!」を感じられる漫画は数少ない。近年こそひとつのジャンルを築いてはいるが、おそらく『あ~る』はそのパイオニア的作品であったのだと思う。

オタクの「元ネタ掘りたい欲」を刺激する、パロディ・オマージュの嵐

『あ~る』のもうひとつの特徴として、既存の漫画・映画・特撮・TV番組やCMなど、とにかく幅広いジャンルに材をとったパロディ・オマージュが多いことが挙げられる。
キャラクター同士の会話や枠外のツッコミなどでそれがわかりやすく示されている場合も多いが、何のヒントもなく引用されているネタもとても多い。

(筆者は比較的理解しているほうだと自負していたのだが、先日発売になった新刊の特典「春高光画部部誌」に収録されていた「R元ネタ辞典」を読んで仰天した。
あれも、あれも、あれもパロディだったのか!)

オタク気質の人はわかってくれると思うが、オタクは何か「元ネタ」のある表現を、会話や文章、コミュニケーションの中に引用するのが大好きな生き物だ。
だから、「元ネタがありそう」な表現にはピクッとアンテナが反応する。「これの原典はなんだろうか?」と探ろうとする。
そういうオタク心にひっかかる瞬間が、どのページをめくっても現れるのだ。
これもまた、オタク的なマインドを持つ人間が「この作品は自分のために描かれている」と感じることができたポイントだったのだろう。

ポップでかわいくて強烈。時代を超えるキャラクターの魅力

さて、この『究極超人あ~る』は、先日31年ぶりに単行本の「新刊」が発売されたことでも話題になった。
レギュラー連載終了後も熱いファンからの支持を受け続け、時折描かれていた読みきりエピソードがたまっていたのだ。

究極超人あ~る
©ゆうきまさみ/小学館

連載当時リアルタイムで読者だった層は現在40代以上。
その層だけの支持で、ここまでの人気が持続するとは考えがたい。
実際、自分も含め、リアルタイム世代ではないファンも相当いる作品だ。
こんなにも長い間、幅広い年齢層の読者の心を掴み続ける理由はなんだろうか?

ここまで述べてきた「“文化部あるある”満載のゆるい学園ドラマとしての魅力」「オタクに心地よいマニアックな雰囲気」以上に一番大きいのは、キャラクターの魅力につきるのではないかと思う。
片目を隠して襟足を刈り上げ、学ランに下駄姿でちょっと間抜けな言動を繰り出すあ~る君はとてもキュートだし、長髪に目の奥が見えないメガネをかけた鳥坂センパイは、傍若無人な振る舞いの限りを尽くすくせに、いや、だからこそ現実離れしていて魅力的だ。
さらに、ファッションの流行が80~90年代に回帰しつつある現在の目で見るとなおさら、画面全体がおしゃれでかわいいものに見えるというところもある。

「エンタメ職人」といった趣もあるゆうきまさみ作品の多くは、あらゆる読者層を横断して、幅広く、長く読まれていくと思う。
ただ、『究極超人あ~る』は、世代を超えて、100年後のオタクたちにも読みつがれていく作品である気がする。
文化系オタクである自分を肯定できる本作は、未来のオタクたちにとってもきっと、大切な漫画になるはずだ。

究極超人あ~る/ゆうきまさみ 小学館