優しく懐かしい誰かの(非)日常、山川直人の世界

まとめ

「好きな漫画」と一口に言っても、いろんな「好き」の種類があると思う。
「とにかく誰が読んでも200%名作だから全人類絶対読んで!!」と鼻息荒く大声でオススメしたくなる作品もあれば、「すごく好きなんだけど、好きすぎて、軽々に人に教えたくない…でも多くの人に知ってほしい…」と思うようなタイプの作品もある。
筆者にとって、今回紹介する山川直人作品は、後者寄りの漫画である。

独特の絵で描かれる、小さな日常風景『道草日和』

道草日和
©山川直人/小学館

初めて山川直人作品を見る人は、その独特の画風にまず驚くことと思う。

日ごろ見慣れている「漫画」というより、切り絵か版画のような印象を与える画面からは、どこか「懐かしい」印象を受けるのではないだろうか。
(個人的には当初、日本で生まれ育った人の多くが小学生の頃に触れるであろう絵本「モチモチの木」で知られる、滝平二郎を連想した)
しかし、描かれているのは「昔の、懐かしい昭和の風景の、レトロな話」というわけではない。あたたかい、懐かしい、個性的な絵で語られるのは、とても小さな「今」の物語たちだ。

『道草日和』は、「ビッグコミックオリジナル増刊」誌上で連載された短編連作集。
都心からは遠く、古い建物や路地が昔のままに残っている小さな街。
そこに住む人や、そこで働く人たちの、日々の暮らしの中で起こる出来事を描き出す本作は、ストーリーは1話ごとに完結しているが、共通して登場する人物がいたり、一度焦点を当てた人物の「その後」を描くエピソードがあったり…と、1冊まとめて読むことで、より深く味わえるつくりになっている。
人びとの心の動きやふれあいが起こす小さな、拾いあげるまでもないような「日常」のドラマたちが、ゆっくりと語られていく。

「ちょっとメルヘン」な世界観=日常からの「道草」?

絵本や童話を思わせる「懐かしい」絵柄と合わせて取り上げておきたい山川作品の魅力として、日常の描写に「少しだけメルヘン」「少しだけファンタジック」な要素がごく自然に入り込んでいる点がある。
『道草日和』でも、たとえばネコが人間の姿をして、人間と会話をする場面があったりする。

そういう現象や描写について、特に作中で解説が与えられることもなく、読んでいてそのことに対して違和感を抱くこともないのが不思議なのだが、これは独特の絵柄が作品世界全体へのフィルターのように作用して、「不思議なことが起こるのが当たり前の日常」を演出しているからではないかと思う。

せわしない現実の「日常」から少し離れた、ちょっと不思議な「日常」に浸ること。
もしかしたら、タイトルにもなっている「道草」そのものが、そういうことを指すといえるのかもしれない。

ちょっとエンタメ?山川ワールドの入口にもぴったりの『写真屋カフカ』

山川作品の多くは、キャラの立った主人公が長いストーリーを牽引したり、その中で戦いや恋や友情の熱いドラマが起こるような「一般的」な漫画とは、読み味がまったく異なる。
しかし、現在も「ビッグコミックオリジナル増刊」にて連載中の最新作『写真屋カフカ』は、少しだけ様子が違っている。

写真屋カフカ
©山川直人/小学館

狂言回し役を務めるのは、谷遠可不可(こくとお・かふか=カフカ)という名の写真屋。
カフカは注文に応じて写真を撮る、近年では少なくなった「街の写真屋さん」を職業にしつつ、「消えそうなもの、なくなりそうなもの」の写真を好んで撮る趣味を持つ。
仕事を依頼しようと彼のもとを訪れる人(時に人でない場合も)や、彼が興味を惹かれた人やものをめぐる物語がつづられていく。

カフカは人ではないものと会話できたり、彼が撮る写真には不思議な「現象」が起こったりと、少しだけ“特別”な性質を持っている。
これが、メルヘンな世界も現実的な世界もフラットに描いてきた他の山川作品とは少し異なり、カフカという人物の「キャラ立ち」に一役買うような位置づけになっていて、それ自体がドラマを動かすことにつながっていたりもするのだ。
個性的な準レギュラーキャラの存在も含め、その要素は詩や絵本、児童文学的な香りの強い山川作品の中にあって、ちょっとだけエンタテインメントの匂いを感じさせる。
その差異は一ファンとして興味深く眺めつつ、この作品、新たな読者にとっての入口となるにもちょうどいいのでは?とも思っている。

ハンドドリップで淹れたコーヒーや、昔ながらの喫茶店や、懐かしい童話の中の世界が似合う山川直人の漫画は、筆者にとっては宝物のように大切にしたいもののひとつだが、その魅力に触れてくれる人が増えてくれるのも、同時にとても喜ばしいことだ。
ちょっと複雑な愛情を抱かせてくれるこの世界が、一人でも多くの人に知られてほしいと思う。

道草日和/山川直人 小学館
写真屋カフカ/山川直人 小学館