「このBLがやばい!」1位。 潔癖症に立ち向かう恋のセラピー『テンカウント』が、今も多くの人を魅了するワケ

レビュー

ボーイズ・ラブ(BL)の年間ベストとして毎年刊行されているムック『このBLがやばい!』(宙出版)。その2016年度版で1位を獲得し、ドラマCD、ゲームなどメディアミックス展開もされ、今年3月にアニメ化も決定した『テンカウント』。既に完結している作品にもかかわらず、ここまで人気なのは、いったいなぜ? それは、腐女子ではなくても楽しめるストーリーと、ゾクゾクするような駆け引きにありました。最近、BLは短編ものばかり読んでいた筆者ですが、本作はその面白さに一気読み。主役2人の関係性もツボです! 未読の人にもぜひ知ってほしい、本作の魅力的なポイントを紹介します。

テンカウント
©宝井理人/新書館

初対面なのに、言い当てられた「潔癖症」

本作は、社長秘書の城谷と、心療内科のカウンセラー・黒瀬による恋愛ストーリー。城谷の仕える社長が事故に遭い、偶然現場を通りかかった黒瀬が社長を救うところから物語は始まります。城谷は「お礼がしたい」と黒瀬に名刺を差し出しますが、黒瀬は受け入れず、それどころか城谷の手元を見て、「あんた、潔癖症ですか?」と指摘します。なぜなら城谷の手は、あかぎれしている様子で、手袋に血が滲んでいたからです。

そう、黒瀬の指摘は当たっていました。城谷は、他人に触れることにも触れられることにも抵抗があり、人付き合いは控えめ。自宅に帰ると服を脱ぎ、スマホや時計を消毒し、手を洗う。そんな日々を過ごしていました。ある日、黒瀬と偶然再会した城谷は、「曝露反応妨害法」と呼ばれる治療法を試していくことに。それはノートに抵抗のある行動を10個書き出し、段階的に克服していくというものです。

1. ドアノブに触る
2. 自分の私物に他人が触る
3. 本屋で本を買う
4. 電車のつり革を持つ
5. 飲食店で食事をする
6. 素手で人と握手をする
7. 他人の私物を消毒せずに持ち歩く
8. 飲み物のまわし飲み
9. 部屋に他人が入る
10.

これが、タイトルである「テンカウント」の由来。10は空欄ですが、物語を追っていくうえで明らかになっていきます。そして2人は友人になり、やがては恋人に――。そんなストーリーです。

しばしばBLでは、「同性愛」という壁に立ち向かう主人公の姿が描かれてきました。主人公は、“男同士なのに”という気持ちで後ろめたさを持ちつつも、相手への気持ちに気づいていくのが定番かと思われます。一方、「テンカウント」で立ちはだかる壁はというと、恋よりはまず「潔癖症」。潔癖症というフィルターを通して見る黒瀬を肯定しながら、少しずつ恋愛に進むようになっていきます。

城谷はこれまでの人生で、人と深く関わることを避けてきました。最初から人に近づかなければ、誰も傷つかないからです。彼にとって黒瀬とは、自分の世界に突然やってきた“異物”ですが、心のフィルターを破ってくれた“唯一の友人”でもありました。ふたりは医者と患者でなければ、ただの友人同士でもありません。特別な関係のふたりが、10項目の克服を通し、精神的に成長していく姿がリアルに描かれています。たとえば、ある項目について城谷は、職場で、黒瀬の助けを借りることなく独力で克服をします。のちほど黒瀬にそのことを報告し、「偉いですね」と褒められることで、自信をつけていきます。ときには、体調の優れないまま先に進もうとして失敗、倒れた城谷を黒瀬が抱きかかえ、2人の距離が縮まっていきます。城谷の成功は黒瀬の成功であり、お互いに励まし合い仲を深めていくのです。

(触れられるのは)嫌い、だけど好き。潔癖と恋のジレンマ

新しくできた友人と自分の目標に、城谷は嬉しさを感じると同時に、黒瀬といるとなんだか変な気持ちになるのがどこか不安でもありました。黒瀬に直接触れられることに汚いという感情はあるものの、本心は彼のことでいっぱいになっていることに気づきます。一方黒瀬は、城谷の潔癖症の理解者であるものの、触れたりめちゃくちゃにしたいと思うように。置かれている状況とは逆を行く、2人それぞれの感情。患者が医師に好意を持つことを “陽性転移”というそうですが、この関係性は、それでありながら、どこかSMにも似ています。城谷は、拒絶したいのに本心では触られたいマゾヒスト。黒瀬は、嫌がる城谷を見て興奮するサディスト。この絶妙な組み合わせが、物語をぐっと面白くさせているのだと感じます。

はじめてのBLにもおすすめ

長編作品ではありますが、すっと読める全6巻。登場人物も少ないので、あまり複雑ではなく内容もわかりやすいです。それでいて、エッチな描写はひかえめ。これには不満を持つ人もいるかしれませんが、先述のとおり、恋に落ちていくまでが段階的に表現されているので、2人の成長がしっかり楽しめます。最終6巻での彼らの絡みでは、「ついに!」と言いたくなるくらい感動したコマがありましたが、これは読んでみてからのお楽しみ。「BLに興味はあったけど、過激すぎるものはちょっと…」そうお考えの方にはぜひ、本作をおすすめします。

テンカウント/宝井理人 新書館