疲労困憊アラサーを救う男子高校生の日常漫画『あちらこちらぼくら』

レビュー

あちらこちらぼくら
©たなと/小学館

通勤電車って、社会の歯車に乗せられているみたい。帰宅ラッシュの車内はもはや戦場から帰る兵士の一人の気分。
そんな通勤を繰り返していたある日、出会いました。
この疲労を忘れさせてくれ、なおかつ癒しを与えてくれる漫画に。

今回は、『あちらこちらぼくら』を紹介したい。
主人公はふたりの男子高校生。高2の彼らは、アラサーの私から計算すると、10歳以上年下ということになる(!)。
書店員でもある私はこの注目作を自らめいっぱい推したいと思うと同時に、あることが心配になった。

1、もしかしてこの漫画は、女性の読者にもウケる内容なのに、青年漫画の棚にしか置かれていないかもしれない!
(小学館ビックコミックスピリッツ増刊誌『ヒバナ』(2017年に刊行終了)連載作品だったため。)
2、もしかしてこの漫画は、ボーイズラブ(以下BL)の読者以外も楽しめる内容なのにBLの棚にしか置かれていないかもしれない!
(作者のたなと先生がBL漫画で絶大な人気を誇るから。)
 ※『スニーキーレッド/祥伝社 たなと』は腐女子でない人にもオススメしたいBL漫画!愛と暴力!慈悲と純愛!

ええと、つまりこの、炎天下の中食べるレモンシャーベットのように爽やかで心地の良い漫画が、私のような癒しを求める疲労困憊アラサーに届かないかもしれない!
そんな気持ちから、今回この漫画の魅力を全力で紹介する。
届け、この思い!

『あちらこちらぼくら』というタイトルの秀逸さ

派手な見た目から悪目立ちするヤンキー・真島と完全文化系の地味めなボウズ・園木は高校2年のクラスメイト。ひょんなことから真島は園木に対して興味を抱き、話しかけたり、帰宅中の跡をつけたりと、仲良くなろうとする。園木はそんな真島のことを、いわゆるスクールカースト頂点の「あちら」側の人間として「関わる由もない」と思っていたが、徐々に“関わる由“が増えていき、お互いのことを知り合っていく。

悪目立ちするヤンキー・真島 地味めなボウズ・園木

 
 

 ↑園木の極端なイメージ

「あちら」側の人間と「こちら」側の人間が「ぼくら」という距離感になったとき、その関係性に興奮せずにはいられない。
この漫画の凄さは“日常“のリアルさ、そしてドキドキの期待感に凝縮されているのだ。

“日常”のリアルさが凄い

大人になったらもう過ごすことのできない高校生活。彼らのリアルな“日常”を読むことによって、私たちは現実世界で“非日常”を感じることができる。

作者であるたなと先生の漫画の特徴に、登場人物にどんな癖があるのか、どんなお昼ご飯を食べているのかといった細かい設定がなされている点がある。この“あるある”の集積が共感や親近感を生み出し、読み手はより深い愛情をもって、登場人物たちと接することができるのだ。

例えば真島が、園木から借りた本の中に彼の手帳を発見し、つい盗み見てしまうシーン。
園木の書きぶりをみて彼の几帳面さを感じることができる。

また、《ブルータス 本の本》《夏の新刊》(一回書き間違えてる)《←帰り本屋》という記述から、読書家の文化系男子であることがよくわかるし、《マーニー・スターン》に《オアシス》という言葉から彼の少し偏った音楽の趣味も窺い知ることができる。うんうん、園木くんは洋楽ロックが好きなんだね。

そしてそれを見るやいなやラジカセを探し始める真島の姿からは、彼の好奇心の強さと行動力、そして園木への関心の高さが見える。

他にも園木と真島のメール文面の違いや制服の着こなし方の違いなど、細かな描写の例は挙げたらキリがなく、一度読んだだけではとても把握しきれない。読むたびに新しい発見ができるのも、この漫画の面白さだ。

BL作家が描くプラトニックな男の友情の面白さ

冒頭にもあげた通り、たなと先生はBL漫画が主戦場である。
心配性で地味な園木と大雑把で派手な真島。性格もクラスでのポジションも正反対である二人は普通なら近づくはずがなく、だからこそ相手のフィールドに入り込む瞬間が分かりやすい。さらに、たなと先生の描くその瞬間は少女漫画でいう、「ドキッ」という効果音が使われる場面のようなのである。

例えば真島が突然坊主である園木の頭に触れるシーン。真島にとっては「触り心地が気になったから触る」という自然な行為だが、園木にとってそれは、普段他人に入らせることのないプライベートゾーンに飛び込まれるを意味する。ゆえに、園木は言葉を失い固まってしまう。そうした予想外の行為によって起きる間を作り出すことで読者の妄想が掻き立てられるような余白を与えるのだ。

園木はこうした真島の距離感に慣れていくのだが、その過程に普段BLを読まない読者も「あれ、もしかして、これは、友情以上のものがあるのか……?」と、二人の関係にドキドキしてくるのだ。
おそるべし、たなと先生……。

たいていの人が、同じ空気を感じる(シンパシーとも言える)相手と友達になりやすい。異文化である園木を知ろうとCDや本を借りたり買い物に誘ったりする真島。真島にとって園木はもう、特別な存在になっているのかもしれない。

それは家族とも、友達とも、はたまた、ただのクラスメイトとも距離感が違う。友情以外のなにかがそこに生じているのだ。

そして人とつるむのが苦手な園木にとって真島は、どのような存在になっていくのか。
真島の苦い過去、受験の悩みもありながら変化していく「あちら」側と「こちら」側の「かれら」の関係性をじっくり楽しんでほしい。そして登場人物全員のキャラ立ちが素晴らしいのでそこもチェックしてほしい。(私はランランが好き!)

ぜひ日々の癒しにこちらの漫画、『あちらこちらぼくら』をどうぞ。

あちらこちらぼくら/たなと 小学館