『坂道のアポロン』作者の短編集 人魚たちがいる世界を美しく描いた『光の海』

レビュー

この漫画を入手したのは高校生の時。地元の小さな本屋さんでのこと。
「見ない作者名だな」と思ったものの、絵柄に惹かれて何となく買ったらもう衝撃、メチャクチャ面白かったのだ。

こんな話が書ける漫画家いるんだ……全然知らなかった……と、読み終わった時ポカーンとしたのを覚えている。

しばらくしてその漫画家は、佐世保を舞台にしたジャズと恋愛漫画を描きはじめ、大ヒットとなったそれはテレビアニメ化も果たした。

そう、今回紹介するのは『坂道のアポロン』や『月影ベイベ』でおなじみ、小玉ユキ先生による初の単行本『光の海』についてのお話である。

光の海
©小玉ユキ/小学館

日常の中に人魚がいる世界

『光の海』の舞台は、日常に人魚がいる世界。
人魚と登場人物たちの間におこるさまざまな出来事を描いたオムニバスストーリー、全5話の短編で構成されている。

海辺の寺に住まう秀胤は、真面目で地味な僧侶。
読経が上手くてイケメンで人気者、しかも住職の孫である光胤が子憎たらしくてたまらない。

しかもサーフィンを趣味にする光胤は、美人人魚を彼女に持っていて……。
3人の小さな三角関係を描いた『光の海』。

学生時代のルームメイト・京子へ恋焦がれるさき。
若い人魚の群生地として知られる京子の故郷へ遊びにきた。

そこで同性の人魚に恋をする若いオスの人魚に出会い、自分を重ねあわせる。
互いの密やかな恋の行方がほろ苦い『波の上の月』。

売れない小説家を父に持つ文(ふみ)は、偶然父と一緒にいる時に野生の川人魚の出産に遭遇する。

母がいない寂しさのを抱える中、父が川人魚へ会いに川に通っていることを知った文は……『川面のファミリア』。

メスの人魚を友達に持つ奈月と悦子、3人は思春期真っただ中。

人間のオシャレに興味津々の人魚に「1日だけ人魚のヒレが足に変わる」おまじないを施すことになり、奈月が気になる先輩をおまじないの協力者として呼んだのだが……『さよならスパンコール』。

元・海女であるミヨシの部屋には開かずのカーテンがある。
その背景には60年も前、溺れかけたミヨシを助けた人魚との出会いがあった。

人魚が忌み嫌われる生き物として認識されていた当時、自分を助けてくれた人魚は殺処分の対象で……『水の国の住人』。

人魚という生き物によって浮き彫りになる人間模様

作中の人魚たちは魚類ではなく、ほ乳類動物。
ウロコはなくイルカのようにつるっとした下半身なのが特徴で、人間と同じように喋る人魚もいるが、全く話せない種類の人魚もいる。

人にものすごく近くて、でも人ではない生き物。

そんな人魚を中心に据えることで、嫉妬や羨望、恋愛、家族愛などの人間模様が浮き彫りになっている。

さっぱりとした絵柄だし、物語のボリュームも短いながら、読後感の爽やかな切なさや「この作品に出会ってよかったな……」としみじみ心を打つストーリー展開は、さすがの小玉ユキワールド。

日に日に暑くなってきて海や川が恋しくなる頃になると、毎年読みたくなるこの作品。
美しい人魚と、すこし不器用で愛らしい人物たちが織りなす珠玉のストーリーを手に取ってみてはいかがだろうか。

光の海/小玉ユキ 小学館