これが平成の「女子サッカー」だ。 若きなでしこたちの戦いを描く『さよなら私のクラマー』

レビュー

日本代表として、男子でまだ世界一の記録がないが、女子では「世界一」の記録を持つスポーツの団体競技がある。
 
今年の6月、ロシアでW杯も開催されていた「サッカー」だ。

過去を振り返ってみても、「サムライブルー」とも称される男子のサッカー日本代表はベスト16の壁を打ち破ることに苦戦。今大会もあと一歩のところで8強入りを逃してしまった。一方で「なでしこジャパン」こと女子日本代表は、過去に世界一の優勝トロフィーを獲得することに成功している。時計の針を7年前に巻き戻してみよう__。
 
2011年。日本は東日本大震災の被害を受け、全国的に自粛ムードに包まれていた。テレビではACのCMのみが流れ、飲み会も遊びもライブも自粛。経済にも大ダメージ。今までの活動が急にストップし、先が見えないような時期だった。
 
そんな中迎えた7月。女子サッカー日本代表は、FIFA女子ワールドカップで初優勝することになる。金のテープを背景に澤穂希さんが優勝カップをかかげ、チームメイトと喜びあっている映像と写真。震災後の日本にとってはこれ以上ないほど最高のニュースとなった。
 
スポーツ競技が持つ大きな魅力の一つ。
 
それはプレーを通して得られる「感動・興奮」といった心の動き。
 
今回ご紹介する『さよなら私のクラマー』も「女子サッカー」を舞台に成長していく主人公とチームの成長を描いた作品。実際の日本代表を応援する時と比較しても負けずとも劣らないほど、大きく心を揺さぶられる物語だ。
 

さよなら私のクラマー
©Naoshi Arakawa/講談社
 

『さよなら私のクラマー』はスポ根王道漫画!

 
本作は「高校女子サッカー」を舞台にしている。
 
物語は、とある地方で開催されていた中学女子サッカー選手権の1試合を描くところから始まる。
 
主人公でもある、川口伊狩中学3年の周防(すおう)すみれは、傑出したサッカーの才能を持ちながらも、チーム環境に恵まれず中学最後の公式戦で敗れてしまう。
 

 
失意の中で落ち込むすみれではあったが、ライバルの曽志崎緑(そしざき みどり)から一緒のチームに行こうとの誘いを受け、やがて2人は埼玉県立蕨青南高校(ワラビーズ)へ進学し、同校の女子サッカー部に入部することになる。
 

 
しかし、進学先は女子サッカーの強豪校ではなく、弱小チームの学校であった。
 
傑出した才能を持つ先輩をはじめ、個性的な選手たちや癖がある監督・コーチとともに、これまた個性的なライバル達と戦っていく__。
 

丁寧に描かれるプレーの描写

 
作中、特に必見なのが試合のシーン。
 
新川先生は本当にサッカーが好きなんだなということがわかる身体・心理描写。
 
プレー中の選手の流れるような動きなどは、実際の試合を見ているかのような感覚に。
 

 
試合中にでてくるサッカーの戦略や戦術の話などはサッカー初心者にもわかりやすく書かれていて、これを読んだあとではサッカーの試合の見方が変わるほどだ。
 
私は元々サッカーをあまり観ないので、男子サッカー中継をみては「なぜあんな動きするんだろう?」と疑問に思っていたことも多々あったが『さよなら私のクラマー』を通して理解が深まったこともあった。
 

女子サッカーに未来はあるのか

 
いま現在の「女子サッカーの課題」がうまく練りこまれているのも本作の魅力的な一面。
 
2011年に偉業を成し遂げた日本女子サッカー。
 
しかし、東京のクラブチームでさえ、更衣室もないような河川敷を使って練習していたり、W杯優勝後こそメディア露出も増え一時的な人気は得たものの、近頃では観客動員数が大幅に減少してしまっていたり(W杯後、1試合あたりの平均観客動員数が13000人超えを記録していたINAC神戸レオネッサ。2018年6月3日の試合では4,199人の観客動員数となっている※1)と、日本男子サッカーに比べるとまだまだ環境や待遇に雲泥の差がある。(男子サッカーJリーグの18年の平均観客動員数は1試合あたり17,657人である。(2018年7月30日現在※2)
 
なでしこリーグ(男子で言うところのJリーグ)でプレイしている選手の中でもプロ契約を結んでいる人はたったひと握り。生活をするほど稼げないため、アルバイトなど副業をしながらサッカーをやっている人がいるというのが現状だ。
 
作中で、顧問の先生が
 
「女子サッカーに未来はあるのか?」と問いかけるシーンがある。
 

 
とはいえ作者の新川直司さんは、難しい問題提起をしたいわけではなく
 
今はまだ恵まれているとは言い難い状況の女子サッカーを応援したいという思いで連載しているそうだ。本作はスポーツ漫画であり、一人の少女の成長漫画でもある。凛として咲こうとする若きなでしこ達の戦いを是非ご覧になってほしい。
 

 
「女子サッカーをブームではなく、文化にしていきたい」
 
2015年のW杯で惜しくも準優勝に終わったのち、当時代表キャプテンであった宮間あや選手が発した一言。
 
いま一度、彼女たちがなし得たドラマから得た活力。日本中に溢れた多幸感。スポーツが我々にもたらしてくれるパワーの大きさを思い出してしてみてほしい。
 
そして、漫画を通して女子サッカーに少しでも魅力を感じたのならば、実際の試合にも足を運んでみてほしい。
 
一つのスポーツ文化の未来を作る鍵は、プレイヤーの頑張りだけに限られているわけではないのだから。
 
※1出典:一般社団法人日本女子サッカーリーグHP
http://www.nadeshikoleague.jp/2017/nl1_cupB/
 
※2出典:J.League Date Site
 
https://data.j-league.or.jp/SFTD12/
 
 
さよなら私のクラマー/新川直司 講談社