猫のように音を立てず街を駆け抜け、鳥のように空を飛べたら……。
自分自身に「動物の特性が身についていたら」なんて思ったことがある人、けっこう多いんじゃないだろうか。
そんな人間と動物のハイブリッドが戦う近未来SF漫画が『ディザインズ』だ。
描くのは、五十嵐大介先生。草花や風景、動植物などの自然物を描かせたら、いま漫画業界の中で最も上手な漫画家のひとりではないだろうか。
夜のジャングルに忍び寄る影
とある南国の国、ひっそりと夜のジャングルを音も立てずに進む武装した民族解放戦線。
ジャングルで生まれ、育ちながら森での戦い方を身につけた戦闘のプロが、何かにつけ狙われている。
ふと見上げると、そこには女の顔を持った異形のヒョウが。
混乱が起きるそれよりももっと前に、音もなく噛み殺される兵士。
政府軍とのにらみ合いが続くキナ臭いジャングルで、7日間で30人以上もの民族解放戦線を殺害してきたのはこの異形の動物だった。
目的を忘れ、兵士の肉を食むことに夢中になるヒョウを止めるのはカエルの足を持つ少女。
彼女たちは、ヒューマノイドアニマル(H.A)と呼ばれる生き物。バイオテクノロジーの粋を極めて造られた「人化した動物」なのだ。
進化の限界を超え、生み出された人工の生命
時はバイオ産業が発達した近未来。効率よく肥え太らせることができるように足のない豚が生み出されるなど、人は倫理や進化の壁を超え、動物たちを意のままにつくり変えることに成功していた。
その進みすぎた技術は、動物を人のように近づけ、
動物の身体能力や特性を兼ね備えた人間のような生き物まで生み出すことができるようになっていた。
カエルの皮膚感覚と身体能力をもつ少女、クーベルチュール。
獰猛な気質とすぐれた身体能力を持ち、クーベルチュールと姉妹同然に育ったヒョウ、アンとベイブ。
それらH.Aを生み出すのは謎の天才科学者、オクダ。
倫理や生命のタブーを壊し、H.Aを生み出し続ける彼の目的とは……?
軍事利用される無垢な生き物たち
動物の身体能力をもった人間のような生き物。
そんな生物を人間たちがむざむざと野放しにするわけがないワケで。
農薬開発やバイオ産業の大手として名を馳せ、多数の軍事会社を買収し続ける多国籍企業、サンモント社は、オクダの研究開発に大きく賛同。
純粋で無垢なH.Aたちは、やがて生物兵器として軍事利用されていくように……。
独特な世界の捉え方・描き方も必見
たとえばカエルはすぐれた皮膚感覚を用いて触覚で世界を認識し、イルカはすぐれた感覚器官を用いて音によって世界を認識する。
この生物それぞれの世界の捉え方を「環世界(ウムヴェルト)」といい、この作品の重要なキーワードになってくる。
先述したジャングルのシーン、獲物を追うH.Aと追われる人間のその間に描かれるさまざまな生き物たち。
蛾には蛾の、原猿類には原猿類の、魚には魚の捉え方で、ジャングルの夜を、ひいては世界を認識している……そう考えると、自分が認識している世界とはもっと多様で、思っていたもの違うとは違う形をしているのかもしれない。
そう考えるとなんだかワクワクするような、畏ろしいような……。
人工の生き物によるSFというストーリーを軸に、人間のエゴとか、生物の根元とか、この世界のなりたちとか、世界を取り巻いている「何か」まで考えさせてくれる『ウムヴェルト』、緻密で繊細な画風で描かれた壮大な物語にぜひ入り込んでいってほしい。
『ディザインズ/五十嵐大介 講談社』