友達とつるむ必要ってある? 『湯神くんには友達がいない』にはその答えがちりばめられている。

レビュー

とかく同調圧力の強い義務教育を終えて高校に進学すると、すべての高校生がとは言わないまでも「他人と同じことをしなければならない」という不可視の圧力からちょっとだけ解放された覚えはないだろうか。各々自由に勉学に励むもよし、勉学に励まないのもよし、部活を頑張るもよし、仲の良い友人とは別の授業を取って一人で受けても良し、一人飯をしてもよし、義務教育ではないので別に学校にすら来る必要すらないわけだ(親としっかり話して決めてほしいけれど)。

登下校や放課後の過ごし方ですら個人の裁量に委ねられ責任を負うお年頃。以後、一切使わないかもしれないが、「プレ大人期」とでも名付けてみよう。これについては大学や専門学校でより顕著になるので、高校はそのための通過儀礼じみたものかもしれないし、ぼくたちが勝手に大人になったことの証左なのかもしれない。つまり、ほんの少しだけ、「自立」が求められる時期なのだ。アルバイトだってできちゃう年齢だしね。何をしても責任をとるのは自分自身、となればこのプレ大人期に与えられた自由のなかでは、そのこと(=責任)さえきちんと考えているのならば、なんだってやっていい、自由だ、そういう解釈にはならないか? 

「友達と仲良くしましょう」は立派な同調圧力のひとつであるけれど、誰もが友達と仲良くしたいわけではないし、そもそも友達を作ることを望まない人間だっている。「友達を作ると人間強度が下がる」とは、小説『化物語』の主人公・私立直江津高校3年生の阿良々木暦の残した名言で、噛み砕いて言うならば「友達を作ると自立ができなくなる」になる。彼は友達を作らないことで大人になること、自立することを選択し、もちろん高校生なので変わった目で見られることはあるのだけれど、「友達と仲良くしましょう」と強制されることのない自由さは、少なからず「規律を守る進学校」の一部分に辟易していた彼の心を救ったであろう。そもそも人間強度ってなんだよ、というツッコミは某小説サイドにして頂くとして、他にも自由を謳歌し、他の生徒より一足先に自立をした、変わった性格の主人公がいる作品があるので、ここで紹介させて頂ければ幸甚。

湯神くんには友達がいない
©佐倉準/小学館

『湯神くんには友達がいない』という漫画の主人公・湯神裕二は、一人でいるのが大好きな高校2年生。クラスメイトから距離を置かれているものの、その状況を別に期にすることもなく満喫している変わり者の高校生・湯神裕二と、内気な転校生・綿貫ちひろを軸に、周囲の人間との日常を描いたほのぼのコメディ漫画だ。

野球部のエース、成績優秀という、どう考えてもクラスの人気者になるべき属性を備えているものの、あまりのマイペースさと理屈っぽさで、クラスメイトからは厄介者扱いされている不憫な男であるが、本人はそのことをまったく気にしていない。というか話を聞いていない。落語を聴いている。

偏屈で扱いづらいと言われながらも一切気にとめることはなく、ひたすらに合理的にものごとを進める湯神くん。たとえ、隣の席にいるヒロイン(?)・綿貫ちひろに、窓を開けていたら寒いので締めてと言われても、その応答はただただ合理的だ。

湯神くんは、困った時に他人の世話にならないように、学校生活・私生活を含め、困らないための準備を欠かさない。何かあればきっちりと計画を立てて進めるという合理の塊のような人間でもあるし、偏屈でもある。まだ同調圧力の残る高校ではめんどくさいやつというレッテルを貼られてクラスから疎まれるも、一人でいることが楽しいので外野の声は入ってこない。うらやましい。

いつからか「一人〇〇」という言葉がメディアでしきりに扱われ始めてしばらく経った。誰かと一緒ではないとご飯を食べに行けない、という意見を否定するつもりはまったくないけれど、一人で楽しむことを見つけて動くことこそ、本当の自立なのではないかと湯神くんは教えてくれる。一人でいることは別に悪いことなんかじゃない。すべての人と趣味が合うなんてありえないわけだし、誰かに合わせなかった別ルートの未来で得られるものは、誰かに合わせることによって大切な機会を失うことより大きいのではないだろうかと、この漫画を読みながらいつも考えさせられる。

「友達がいることが大事」というテンプレートは、今の時代になって大きく変わってきた。弱い連帯として、滅多に会わない友達もいる。毎日集まって誕生日には盛大に、友人の出生の奇跡を祝う友達もいる。友達は多様であるし、友達がいない(いらない)こともその多様性の中には含まれるんじゃないか。

友達はいらないと言い切る湯神くんにも、いつか本当の友達ができたとしたら、彼はそのことを疎ましく思ったり、他人に合わせるのは非合理だと思ったりするのだろうか。それとも、友達とすごす日々を幸福に思うのだろうか。この物語が進む先に、湯神くんの答えが用意されていることを期待している。

湯神くんには友達がいない/佐倉準 小学館