1本の映画を観るような読書体験。 読み応え満点の不思議なオムニバス『まがいの器~古道具屋奇譚~』

レビュー

毎日の過ぎていくスピードが速すぎる、と感じることはないだろうか?
 
…それは年を取ったからでは?と言われてしまうと返す言葉もないのだが、それだけではなく、秒ごとに更新されるSNSのタイムラインに押し流されるように生活しているような気がして、(自らそういう環境を作っているし、もちろんそれによって便利になっている部分もあるが)少し息苦しいと思うことがある。

たまにはちょっと立ち止まって、お茶でも飲みながら、物語の世界に浸りたい。
 
そんなときに、うってつけな漫画がある。
『まがいの器~古道具屋奇譚~』(水木由真)だ。
 

痛みをそっと受け入れる、謎の古道具屋の、謎の“女主人”

 

まがいの器 古道具屋奇譚
©水木由真/竹書房
 
本作は、副題が示す通り、ある古道具屋を介して邂逅する人と“モノ”の不思議な物語集
 
愛用のペン軸をめぐって想いを交錯させるマンガ家とその妻、LPレコードを介した友情で結ばれていたカップル+1人の切ない関係、愛する人から贈られたアクセサリーがもたらす惨劇の記憶…と、さまざまな形の人とモノのドラマが丁寧に語られる。
 
それぞれが独立した短編として密度の濃いストーリーを持つのに加え、ほろ苦い青春の一コマあり、家族の絆のドラマあり、サスペンスホラーあり…と、エピソードごとにジャンルも多岐にわたっており、物語のさまざまな味わいを楽しむことができる。
 
そして、そこに統一感をもたらすのは、作品全体の狂言回し役を務める、店の女主人の存在だ。
 

 

 
悲しみや喪失感を抱えて店を訪れる客をやわらかく受け入れ、助言し、傷をそっと慰める。
 
彼女は、何かに疲れている読み手の心にも、あたたかい灯をともしてくれる。
 

腰を据えて入り込みたい。豊かで濃厚な物語世界

 
独特の淡い色合いの描線、細部まで描き込まれた背景、その中にたたずむ、どこか儚げながら確固たる人格と意思を感じさせる人物たち…と、本作はとても「情報量の多い」漫画だ。
 
上記のような要素すべてが、連携して作品の世界観を完成させるために働いている感じは、脚本・演出・撮影・音楽・役者の演技…と、多くの要素が最終的にひとつの作品に結実する、映画のようでもある。
 

 
そう、エピローグの最後の1ページまで読み終えたときに、この1冊の中で起こったことがひとつながりに理解できる仕組みなども含め、この作品の読後感は「良質な映画を1本観たときの感覚」に近いのだ。
 
1巻完結だからこその、濃密で豊かな読書体験。
 
すべてがスピーディーに展開する今の時代に、“じっくり味わえる1冊”は貴重だと思う。
 

謎は謎のまま…“シェア”できない、されないことの意味

 
さて、この作品の舞台となっている古道具屋には、とにかく謎が多い。
 
女主人の正体、本名。彼女のかたわらにいる小さな男の子のこと。店のある場所。
 
訪れた者にしか、訪れた者にさえわからないことだらけのまま、物語はいったん幕を閉じる。
 
そしてエピローグとなる「Interview~ある古道具屋の物語~」では、かつて店を訪れた客が店についての記録を探る中で、共有=“シェア”できないことの意味が語られる。
 

 
見たもの、聞いた話、行った場所、体験した出来事…あらゆる物事をSNSでシェアすることが当たり前になっている現在だからこそ、簡単に共有できない体験が持つ意味は大きい。
 
大切で特別だからこそ、誰とも分かち合いたくない、自分だけのものにしたい、という気持ちになることだってあるのだ。
 
でも、この漫画を読んであなたが抱いた気持ちは――できればシェアしてみてほしい、と思う。
 
読んだ人みんなの感想を聞いてみたくなる。そんな作品だ。
 
 
まがいの器 古道具屋奇譚/水木由真 竹書房