『櫻の園』で考える。JKたちは「女子であること」とどう向き合ってきたか

レビュー

目を見張る完成度。「17歳の女の子」を最も適切に、美しく描く

桜の木に囲まれた丘の上に建つ私立の女子高。
濃紺の制服に身を包んだ生徒たちは、下校時に校舎に向かって「ごきげんよう」と挨拶をする。
そして春の創立祭では毎年、演劇部がチェーホフの「桜の園」を上演する――。
『櫻の園』(吉田秋生)は、そんな“いかにもな女子高(さらにわかりやすく言うなら「お嬢様高校」)”を舞台に、演劇部に所属する4人の少女たちを主人公として描いた短編連作集だ。

櫻の園
©吉田秋生/白泉社

本作は、筆者が「全1巻で完結する名作漫画を選べ」と言われたら、まず間違いなくチョイスする一作である。
「10代の女の子たちの心の動き」という主題を、詩情をふんだんに交えて描くうえで、前述したような舞台設定が最高に活きているし、「花冷え」「花紅」「花酔い」「花嵐」と美しいタイトルが冠された4編は、それぞれが異なる種類の感動や発見を与えてくれる。読後にもたらされる余韻も凄まじい。
描き込みも、人物造型も、コマ運びのテンポも、何もかもが的確に美しい。
まずはこの世界観に、コントラストの効いた静かな画面に、必要なところに必要なだけ置かれたセリフやモノローグに、要所要所でページを彩る桜の花の描写に、うっとりと酔いしれてほしい。

アツコ、杉山、志水さん、チヨ。四者四様の悩みと迷い

ここで、4編それぞれの主人公たちを簡単に紹介しておきたい。

中野敦子(アツコ)は、おそらく最も“普通”の子として造型されたキャラクターだ。近くの男子校に通うシンちゃんと1年付き合っているが、関係を進展させることに戸惑いを抱いている。家族とも「普通に」仲がよく、結婚を控えた10歳上の姉がいる。

杉山紀子はいわゆる“ハデな子”。気が合う仲間とつるみ、たまに授業をサボったり、休日や夜は繁華街で少し年上の男の子と遊んだり。中学から付き合っている彼氏もいるが、男子と「そういうふうになる」ことには抵抗がある。

演劇部の部長を務める志水由布子(志水さん)は、その“しっかり者”オーラから、同学年のアツコたちからも敬語を使われてしまう。身体の発育が早かったことで周囲から受けた扱いのために、男性に対して嫌悪に近い感情を抱く。

長身でショートヘア、声も低い倉田知世子(チヨ)は、幼い頃から「男の子みたい」と言われて育った。演劇部でもたびたび男役を演じており、下級生の女子からも人気がある。一時はそれをまんざらでもないと思ってもいたが、一方で女性らしい成長も遂げている身体と不釣り合いさを感じるようになり、アツコたちのように女の子らしく生まれてきたかった…と思っている。

この4人が、日々の中で起こる出来事や、好きな人との関係の変化、友達や家族との会話、またお互いのコミュニケーションの中で、それぞれの迷いや悩みに少しずつ答えを出していく。

THE80年代!な描写の中だからこそ光る、時代を超えた普遍性

1985年に全4回にわたり「LaLa」(白泉社)にて発表された本作。
冒頭20ページほどでまず感じるのは、登場人物たちのファッションや言動、遊び方の描写に漂う「80年代レトロ感」だ。


 
筆者は比較的、少し前の時代の漫画も好んで読むタイプの漫画読者だが、その楽しさのひとつは、自分が肌で知らない時代の、リアルタイムの空気感に触れられることだと思っている。
本作もそんな「時代の空気」に触れられるという魅力がある一方で、それによって一層実感させられるのが、いつの時代にも女たちと共にある、小さいかもしれないけれど深い迷いや痛みの存在だ。

たとえば筆者の場合、4人の中ではチヨと杉山にそれぞれ共感できるところがある。
女子校という環境の中で「男の子みたい」であったチヨの「そういうことが/少しばかり小気味いい昔もあった」というモノローグ、そして、決して「小気味いい」ままではいられなかった心境には、まさに高校生の頃の自身がぴったり重なるし、杉山が持つ、自分の家族に対する違和感もよくわかる感覚だ。

こんなふうに、おそらくこの作品を読んだ多くの人が、4人のうちの誰かに若かりし日の自分がシンクロするような感覚を覚えると思う。
それは4人のキャラクター造型が絶妙であると同時に、大人になる前にみんなが抱いていたはずの思いのすくい取り方が、とても丁寧であることによるのだろう。

そういう意味では――「普通じゃない」「普通の女の子らしくない」という悩みもまた「普通」のものなのだなあ、と感じさせられたりもする。

そして最近とみに実感するのは、“大人”になるのって意外と難しかったんだな、ということだ。
アツコたち4人の迷いや苦悩を「あの頃のリアル」として処理できるか、現在進行系で「リアル」なものに感じてしまうか。これはひとつの、心がまっとうに成熟できているかの指標になったりするのではないかと思う。
ちなみに、筆者は後者だ。生きてきた年数でいえば大人としか言いようがないのだが、心がそれに追いついている実感は乏しい。でも、それはそれでまあいいんじゃない、と思っている。
この作品を読むことは、そんなことに気付かされるきっかけになるかもしれない。

櫻の園/吉田秋生 白泉社