飯がうまいからって仕事が進むわけじゃない。食材も調理過程も全部イカれたグルメ漫画『めしにしましょう』

レビュー

そこは、漫画家广大脳子(まだれだいのうこ)の仕事場。
 
敏腕アシスタントである青梅川おめがは、料理の腕も一級品。作業の合間の飯は彼女が作る。過酷だと言われる漫画家の仕事場で出る料理、きっと疲れた漫画家の胃を優しく癒す素材や、徹夜を手助けするエネルギー満点の料理を出すのだろう。そして、元気になった漫画かはまた仕事場に戻るのだ……。

めしにしましょう
©Doom Kobayashi/講談社
 
漫画家、アシスタントが作る料理、表紙の二人の笑顔。そういった情報から上記のようなことをイメージしたのだとしたら、それを全て覆すのが『めしにしましょう』である。
 

売れっ子漫画家の経費で高級食材を買いたい放題

 

 
まず、出てくる食材がおかしい。ハモやあんこう、ラム肉の塊、子羊肩ブロック、ウツボ、クジラ、ハモ、イクラ、そしてフォアグラ……料理人ではなく漫画家が仕事場で食べる飯とは思えない材料ばかりが登場する。
 

 
广は、回を進めていくにつれて映画化も決定するほど売れている様子だが(「売れている様子」というのは、高級食材が経費で買われているにもかかわらず、恐ろしいほど彼女の描く作品や売れ行きについて描かれていないため、少ない情報から推測せざるを得ないのだ。この漫画に描かれているのは、“なんかいつもヤバそう”な修羅場と異様にうまそうな飯ばかりである)、そんな彼女の仕事ぶりがあるからこそ実現する豪華飯。家で簡単に真似できないグルメ漫画である。
 

作る過程もイカれている

 

 
過酷な漫画家の仕事場で飯を作る。パッとできて、お腹に溜まって、美味しい。そんな料理が出てくると思いきや、この作品には一つも「パッとできる」料理が出てこない。ハンバーグを作るときは、豚と牛を合挽きにするところから始まるし、麻婆を作るときはラー油を作るところから始まる。暇なのか?とツッコミたくなるが、そんなわけはない。
 
むしろ广がお願いだから仕事を進めてくれと頼んでもおめがは料理に心血を注ぐ。もはやアシスタントという仕事ってなんだっけ? という疑問がわく。それもこれもおめがが仕事が早い敏腕アシスタントだからという設定だから実現するものなのだが、巻が進むにつれてそういった説明も省かれるので、ただ作家の職場で好き勝手に食材を持ち込み数時間かけて料理を作る謎人間となり始めている。
 

 

たまには失敗もする

 

 
人間なので、失敗することもある。しかし、「味が薄い」とか「塩と砂糖間違えちゃった☆」みたいなレベルではなく、「混沌とした味だ」という感想が飛び出てしまうところがこの作品がこの作品たる所以のようにも思える。凝りすぎて、何だかよくわからない味になる。イカとイカスミをふんだんに使った「混沌やきそば」は、「うーむ デスな食事だった」「我々は意図せずとも料理をさまざまな情報とともに食べてるんですね」という会話で締められて、「グルメ漫画でそんな感想ある!?」と思った。
 
メインのグルメ自体もぶっ飛んでいるのだが、家のルンバが知能を持ち始めて喋ったり、攻撃し始めたり(登場人物たちがそれを当然のように受け入れてたり)、料理を食べた广が溶けて分裂したり(分裂しても仕事は倍速にはならなかったり)、ものすごくリアルな漫画のデッサンの解説があったと思ったらSFちっくな展開になるなど、作品自体が丸ごとぶっ飛んでいる。もはやこれは「グルメ漫画」という皮をかぶった、得体のしれない“何か”である。
 
一般的なグルメ漫画をイメージして読むと面食らうが、日常のシュールなギャグの応酬は笑えるし、退屈になりがちな調理シーンもイカれているので飽きないし、頭から尻尾までぜんぶ美味しいグルメ漫画だ。
 
 
めしにしましょう/小林銅蟲 講談社