いがらしみきお先生といえば、『ぼのぼの』や『忍ペンまん丸』といったギャグ漫画が代表作だ。擬人化した動物にキャラクターを与え、人間社会のような日常を描くのが得意で、誰が読んでも笑えるし、動物だからかわいくてウケがよい。
『ぼのぼの』の世界観はそのまま”ほのぼの”としたものとなっているし、『忍ペンまん丸』は、”ほのぼの”とした世界に戦いの要素が加わったアクション漫画となっている。
一方で、ギャグ漫画家としての活動は彼の一面にしかすぎないのをご存知だろうか。作品によって作風がガラリと変わる漫画家は何人かいるが、いがらしみきお先生はその最たる例。
上記作品のように、抜群のギャグセンスで読み手を選ばずに楽しませることもできれば、今回紹介する『I 【アイ】』のように、暗くどろどろとしていて、次のページでもしかしたら誰がが死んでしまうのではないかという、恐怖感を抱くような作品を描くこともできる。そんな光と影の振り幅が広い作品の中で、限りなく影ばかりを描いているのがこの『I 【アイ】』なのだ。
生きている意味とは
物語の舞台は宮城県の田舎町。開業医の息子、雅彦は人から好かれ、勉強すれば将来を約束されている恵まれた少年だった。しかし、生きることとは何なのか。そんな、素朴ながらも正解の見えない疑問を常に胸に抱えており、自分の家族に対してすら愛を認識できない思春期を過ごしていた。
そんな雅彦にはイサオという同級生がいた。
ろくに育ててもらえず豚小屋で育ったイサオには不思議な能力があり、関わった人に不思議な体験をさせる秘術を持っている。
ある日イサオは神様と触れあったかのような体験を雅彦にさせ、目に見えない世界に興味が向いた雅彦はイサオに惹かれていく。
自分はどうして生まれてきたのか。
自分は何者なのか。
自分は何のために生まれたのか。
誰しも考えたことがあるだろう。
不思議な世界に思いをめぐらせたことがあったり、怖い話が好きであったり、神様や宇宙人について興味が湧く人には、本作を絶対におすすめする。
なぜならば『I 【アイ】』は他のどんな漫画にも重ならず、似た世界観の作品が思い浮かばないユニークな作品だからだ。いうならば、神様ってそんなものかもしれないなと新たな価値観が植え付けられる作品だと思う。
物語のテーマは、「思春期の少年たちによる神様探しの旅」なのだが、この漫画のすごいところは最終目標でもある神様の存在が直接描かれないところにある。
不思議な体験を追い求める人々
「バチがあたる」なんていって、目に見えない何かに対して畏怖の念を抱く感覚をもつ人はよくいるのではないだろうか。人のものを盗まないとか、お守りをぞんざいにしないとか。
私たちは知らない間に、見えない世界の存在を認めていて、見えない世界を信じている。そして『I 【アイ】』の世界でも、イサオの周りの人たちが、イサオの不思議体験を通じて神様の存在を認識し、神様ありきの世界を構築していくのだ。
イサオはトモイという神様を探すために旅に出るといい、雅彦は旅についていく。
旅を通じて2人は人生経験を積むかと思いきや、そうではないところがこの作品の面白いところ。『砂の器』のようにどうしようもなく不幸な物語のようである気もするし、『もののけ姫』のようにどろどろとした未知のものと遭遇し、思い悩むような物語のようでもある。
ここまで紹介したエピソードは全3巻の内、1巻のほんの序章にすぎない。それくらい情報量が多い漫画なのだ。間違いないことは、漫画家が本当に描きたい漫画を描くと、このような作品になるのだろう。まずは試し読みをしてほしい。
『I 【アイ】/いがらしみきお 小学館』