盲目の美女はいつも笑いながら、誰とでも麻雀を打つ『笑うあげは』

レビュー

身体障害者を漫画で描くのは、まだまだ難しい。差別表現になってはいけないし、かといって過度に持ち上げるものでもない。フラットに扱うのはなかなかに困難だ。
 
田中ユタカ『笑うあげは』は、麻雀好きな盲目のヒロインを描いた作品。そもそも麻雀のような目が一番モノを言う遊戯を、盲目でできるのか? そこの描写こそが、痛快であり、かつ人が生きる姿勢を表現するものになっている。

笑うあげは
©田中ユタカ/竹書房
 

笑っている人

 
「わたし麻雀には目がなくって」と冗談混じりに話す女性あげはは、全盲。けれども盲牌(指で触って牌を確かめること)どころじゃなく、まるで見えているかのようにすいすいと牌を切る。見る動作がないぶん、切り方はスムーズだ。
 
「いちいち目で見ないと麻雀も打てないなんて…みなさんずいぶん不自由なさっているんですねえ」「わたしはただ目が見えないだけですよ 光だけが世界の全てじゃないってことです」
 

 
彼女はいつも笑顔。これが負けている対戦相手には不愉快らしい。しかし彼女は自分の笑顔を「視覚障害からくる筋肉のクセ」「笑ってなんかいませんよ」という。事実かどうかはわからない。
 
とはいえやはり、盲目の相手と麻雀を打つというのは、見える側は圧倒的有利に感じてしまうもの。
 
対戦相手たちは、あの手この手でごまかそうとする。流石にあげはでも人の捨て牌はわからないので、対局者は牌の宣言をするルールがある。ところがある人物は、自分の捨て牌で、嘘をついた。あげはは真偽を確かめることができず、信じるしか無い。
 
この不利な状況すらも、あげははひっくり返して勝利する。彼女はたとえ相手が非道な行動をしようとも、常に笑顔だ。
 

麻雀座頭市

 
作中には、障害をひどく差別する人物も出てくる。特にお金の絡んだ勝負となると、自分が障害者に劣っているはずがない、というゲスな意識がダダ漏れになってしまう。
 

 
障害をネタにして激しく煽り、イカサマをし、時に暴力を振るおうとすらする。
 
この作品では、実際に起こりうるであろう、障害に対する差別を一切隠さない。罵詈雑言も、ぎょっとするほど生々しく描いている。だからこそ、あげはが真っ向勝負で勝つ様子は心底気持ちがいい。
 
盲目の座頭市が人々を魅了するのと同じ。スーパーヒロインの爽快大立ち回りとして楽しむことができる作品だ。
 

私達は今麻雀をしてるんですよ

 
あげはは、そのへんの雀荘にもふらっと入るし、かと思えば超富豪層の高額が動く一局にも参加する。
 
彼女と対局する相手は、老若男女様々だ。純粋に楽しんでいる人。お金のためにプライドをかなぐり捨てている人。切羽詰まって生命すらかけようとする人。何かしらの要人らしき人。どんな相手を前にしても彼女は自分のスタンスを一切変えず、一律に楽しんでいる。
 
今は全力で麻雀をしている。それだけだ。
 
彼女のスタイルは周囲の人に大きな影響を与えていく。雀士としての強さだけではなく、ブレない生き方に対してだ。
 
どうあがいたって、やはり盲目はハンデだ。だが彼女はそれをマイナスに捉えたことが一度もない。強者弱者なんて一切無く、ちゃんと卓の上で麻雀が楽しめているからだ。
 
と同時に、麻雀で人生論を語ることもしない。自らの障害についてあれこれ言うこともない。「ただの麻雀ですよ」と、遊戯としての姿勢を崩さない。
 

 
麻雀をやって怒ったり笑ったりする時、金持ちだろうと貧乏人だろうと、偉い人だろうと一般人だろうと、みんなただの1人の人間だ。もちろんそこで、盲目だから、女性だから、とあげはにマウントを取ろうとする相手もいる。自分の強さかっこよさを鼻にかける人間もいる。
 
けれども雀卓に座ったからには、並列だ。勝った人こそが勝者である、という当たり前の状況が起きるだけ。あげははこの点肝が座っており、私には顔は見えないから、と飄々としているのも愉快だ。
 
どんな窮地でもずっと笑顔のあげはを見ていると、勝ちを焦っている盲目じゃない人間の方がハンデを背負っているように見えるくらいに頼もしい。
 
彼女の笑顔の理由は、本当に顔が引きつっているからなのかどうかはわからない。けれどもどの対局も間違いなく、本人は心の底から楽しいのだ。
 
あげはの麻雀を見ていると、どんな悩みもそんなに気にするほどじゃないことに思えてくる。色々考えるより、目の前のものを笑ったり悔しがったりして、真剣に楽しめ、と励まされる。
 
あとがきで作者はこう書いている。「麻雀が多くの人にとって、かけがえのない大切なものであることはわかります。あなたの大切なものを敬意をもって描きたいと思います」麻雀好きなら嬉しい一言だろう。作中の麻雀はどれも、あらゆるしがらみから解放された、夢中になれる愛しい遊戯としての「ただの麻雀」だ。
 
なお、闘牌の一手一手にキャラクターの心理が刻み込まれているので、麻雀好きな人はチェックしてみてほしい。もちろん、麻雀が一切わからなくても十分あげはの生き様のかっこよさは楽しめるよう描かれているので、是非読んでみてほしい。
 
 
笑うあげは/田中ユタカ 竹書房