短編集時代から繊細な世界観と人物描写を特徴とし、昭和40年代の青森・津軽地方の異習と夫婦愛を描いた『千年万年りんごの子』、廃部の危機や体罰問題に向き合った青春ど真ん中スポ根ストーリー『その娘、武蔵』。
さまざまな世界観を描き続けてきた田中相先生。『LIMBO THE KING』は、いままでに貯めに貯めた経験やセンスがブワーッと花開いた感がある。これはもう完全に熟している。
あ〜〜!この作品が爆誕した時代に生まれてよかった〜!!
8年ぶりに目覚めた奇病が人々の脳を食らう
舞台は2086年のアメリカ。「記憶のガン」と呼ばれ、記憶を食らう謎のウイルスによって生み出された未知の病「眠り病」。
8年前に根絶されたはずだったこの病が、平穏な日常の下で猛威をふるいはじめていた。
治療をおこなわなければ脳の機能を食い尽くされ、3ヶ月ほどで死に至る。
その治療に必要なのが「ダイブ」と呼ばれる技術。患者の記憶に潜る「ダイバー」と、記憶の世界と現実世界をつなぐ「コンパニオン」によって、病巣を取り除くというものだ。
しかしこの「ダイブ」には、致命的な問題も存在する。病巣ごと記憶そのものを消すため、治療した患者が記憶喪失になること。ダイバーとコンパニオンの適合率が悪いと、患者の記憶から戻ってこれなくなること。
そしてさらなる問題は、発生した眠り病が「新型」であるということ。
8年前の病状にはなかった再発が見られ、治療しようとするもウイルスがダイバーとコンパニオンに転移し、死に至らしめてしまうのだ。
いずれは世界を飲み込んでいく悪魔の病を封じることができるのは、かつて眠り病の撲滅に多大な功績を残した英雄「KING」だけ……。
不仲バディ(でも身体の相性は最高)が病に立ち向かう
主人公のアダム・ガーフィールドは陽気な海軍男。任務中の事故で片足を無くし、退役軍人に。
……と思いきや、新型眠り病への対抗策として「KING」のコンパニオンに任命される。
「KING」と呼ばれる科学者、もうひとりの主人公ルネ・ウィンターは、天真爛漫なアダムとは違い、凪いだ海のような雰囲気をまとう男。
病に立ち向かうバディといえば聞こえがいいが、ふたりの仲はこれがまーよくない。
他人の喜怒哀楽にすぐ同調する性格が災いし、潜った記憶のなかでトラブルを起こし続けるアダムに手を焼くルネ。
病の進行をどこか淡々と見つめ、常に他人と壁を作り続けるルネの冷ややかさに薄情さを感じるアダム。
しかしながら、ダイバーとコンパニオンの適合率は97%と群を抜いている。
そう、不仲なのに、この男たち、身体の相性だけはめちゃくちゃいいのである!
一部の人にはたまらん萌え要s……失礼、そんな凸凹バディだからこそ、困難をギリギリのところで切り抜けながら、新型の奇病がどこからやってきたのか、その核心にせまっていく。
SF・スリラー・サスペンスの見事な調和
患者とダイバー、コンパニオンの3人の脳が生み出す電気信号を可視化し、位置情報として捉えることができる「ダイブ」の技術。
鮮烈でまるで現実かのような光景はまさに、ドラえもんの「ユメグラス」よろしく、誰もが一度は夢見るSFの世界。
そこに、記憶の中で発生する奇妙な暴走への“おぞけ”や、「生物学的な禁忌」への緊張感。
単純なSFに留まらず、スリラー、そしてサスペンスの要素が見事なまでに調和している。読み進めているうちに、謎の解明にむけてページをひとつめくるたびに、言いようのないゾクゾクが背筋を駆け抜けていく。
毎巻ごとに急展開を迎えるので、もう続きが気になって気になって仕方がない。
あと、寝るのが少しだけ怖くなるので最初は昼間に読んだ方がいい。
「大人の漫画好き」をくすぐるヒット要素のフルコース
とにもかくにもこの作品、「大人の漫画好きをくすぐる」ヒット要素がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。もはやフルコース状態である。
「攻殻機動隊シリーズ」や『電脳コイル』に通じる謎解き系の近未来SFの要素。
アニメーション作品の『パプリカ』に通じる夢が襲いかかってくるスリラー要素。
『BANANA FISH』などに通じる巨大な謎に身を投じるサスペンス要素。
そして『AKIRA』でおなじみ、大友克洋先生の絵柄が影響したんだろうなと思われる、いわゆるバンド・デシネ風の綿密な描き方。
しかもキャラクターは、陽気なガチムチ系軍人(しかも義足)×クールな細身科学者(しかも色素薄め)の野郎たちによる凸凹バディ(しかもしかも、それぞれまだ語られていない暗い過去を持つ)。
さらに舞台はアメリカ。
こ、こんなに詰め込んで大丈夫!?
読者倒れない?というか先生が倒れない??
超人すぎない??
これほどの要素を複雑に絡めながら、読者をあっという間に引きずり込んで一気に読ませてしまうあたり、とにもかくにも最高である。
最新刊の4巻は7月23日(月)が発売予定。いまこそ流行りきる前に読んで「前から読んでたけど?」なんてドヤってみたり、布教にいそしんだりしてほしい。
『LIMBO THE KING/田中相 講談社』