菌の世界へようこそ!農業大学に通う学生たちの物語『もやしもん』の魅力が有り余ってる問題

レビュー

私は吐くまで飲むほどお酒が好きだ。
30歳直前の現在、いやさすがにそこまで深酒することもなくなったが、年に何回かある。
今年だけで5回ぐらいある。あれ、けっこうあるな。
20歳そこそこの頃はひどかったなぁ…。自宅晩酌で度を越えて、よく記憶を飛ばしていた。

お酒との付き合い方は節度を持って。最近になってやっと分かった。おせぇ。
そんなお酒、色々な種類のあるお酒だが、基本的な作り方は「菌」を使うこと。これに尽きる。
ということで、今回は菌を主題に置いた農業的な漫画『もやしもん』について話そうと思う。
わざわざ「農業的な漫画」と表現したこと、これは最後までこの記事を読んで頂ければ、なんとなく分かるはずだ。
お酒はあまり…という方にもぜひオススメしたい漫画である。お酒の話だけじゃないので。
いやあ、でも、お酒飲みながら読む漫画ってのも、いいもんですよ。のちのちシラフの時読み返したら「あれ!?俺この話読んだっけ!?」てなるもん。2度おいしいもん。

もやしもん
©Masayuki Ishikawa/講談社

『もやしもん』の舞台は「某農業大学」(これは名前を伏せているのではなく、正式名称)という農業大学。東京にある、広大な土地面積を持つ学校だ。
名前の通り、農業について学べるのはもちろんだが、その言葉一つでは括りきれないほどの学部、分野、研究施設が存在している。

そんな学校に、新入生としてやってきたのが主人公の沢木惣右衛門直保(さわきそうえもんただやす)。味噌や醤油、お酒を作る際に使われる菌、「麹」を扱う問屋、種麹屋の次男である。
そんな彼が幼馴染である結城蛍とともに大学へ入学。

「種麹屋生まれ」というあんまり聞かない生い立ち。「惣右衛門」というなんだかかっこいい屋号。農を学びたい!とか日本の一次産業を変えたい!とか、さぞまっすぐな思いを抱いて農大へ進学したのだろう…と思いきや「チャラくて楽しい東京のキャンパスライフ」を夢見る少年が、沢木だ。

さて上のページにもあるように、沢木は祖父から大学へ入学したら「樹慶蔵先生」に会うよう言われたことを思い出す。
広大な敷地を彷徨うように、樹先生を探す沢木と蛍。

林を歩く2人の間を、おや、何か妙なものが漂ってますね。ゆるキャラ?たまごっち?
いや、別に隠すことでもないのでもう言ってしまいますが、沢木には「菌が肉眼で見える」という不思議な力がある。

「菌」…一口に言ってもその種類は途方なく、一つ一つがどういう存在なのか理解するのも大変で、深過ぎる世界がそこにはある。が、それについて書いているといつまで経っても話が終わらないので、ここでは超ざっくり、全てまとめて「菌」と表現させてもらう。
菌のサイズは1マイクロメートル前後だそう。普段生活していてあまり聞かない単位ではないか。
1ミリメートルの1000分の1。それが1マイクロメートルである。
1ミリを千等分。お米の粒がだいたい5ミリだそう。その1つの米粒を「5000粒に切り分けてください」と言われて、出来るだろうか。出来ない。そんな苦行があるか。
それぐらい、顕微鏡を使わないと見えないぐらい、つまりは肉眼では見えないほど、菌は小さいのだ。

しかし沢木は生まれつき見える能力を持っているのである。
なんなら触れるし、会話も出来る。子供の頃はよく遊んでいたそう。作中ではけっこうさらっとバラされるが、とんでもない能力だ。
ということで、さきほど空気中を飛んでいたのが、沢木から見える菌の姿だったのだ。

さて実は入学式の際「長谷川遥」という人物が行方不明だという説明を受けていた2人。
林を抜けるとそこには地面から菌が立ち昇る一角が。その範囲から、なんとなく人間ぐらいの大きさのものが埋まっているのではないか、と考えた沢木。
行方不明の長谷川遥…地面に埋まった人間ぐらいの大きさの何か…。

そりゃ警察沙汰にもなる。そして沢木は警察から疑いをかけられる。これはなんだ、ミステリー漫画だったのか。
と、そこへ。

沢木と蛍が探していた、樹先生がスコップ片手に登場。なんだこのハードボイルドな雰囲気は。かっこいい。西部劇漫画だったのか?

地面を掘り始める先生。強烈な臭い、吹き出す菌。
さあ、地面の中に埋まっているものとはーーー?

変に煽って申し訳ないが、このあとの展開はご自身でぜひとも。あ、別に怖い話じゃないのでそこは安心してください。

もやしもん
©Masayuki Ishikawa/講談社

上で追っていったストーリーは第1話。『もやしもん』は全13巻である。
さて、第1話のあらすじを見て「菌が見える異能の主人公が、その力を使って悪の組織を倒し、世界を平和にし、美女と結ばれる」物語が『もやしもん』だと思われた方がいるかもしれないが、全くそんなことはない。

ただ…ここで『もやしもん』の全体像がどういうものか説明したいのだが…いかんせん、かなり難しい。
というのも『もやしもん』の物語はとにかく様々な要素が詰まっていて、どれを話せばいいのか迷ってしまう。

農業、菌、お酒、ビジネスについて、それとも友情、恋愛、親子関係、大学生の日常。
それ以外の見所もふんだんにあり、そしてどこを切り取っても面白い。
例えるならワンプレートランチか。おいしいものが一皿に乗っているようなイメージ。

さらに、注目して欲しいのは欄外。コマ割りの外の注釈である。ある時はキャラクター紹介、ある時は専門的な用語解説、ある時は作者と編集担当の思い出話。
1ページに詰まった情報量が多く、読み応えがすごい。取材の綿密さもよく分かる。

「菌が見える能力」自体はもちろん大切な設定ではあるものの、それを主軸に展開をしていく訳ではない。
あくまで一つの要素。なんだったら、その能力の有無に関わらず『もやしもん』は『もやしもん』として成立しそうだ。
なんだか「漫画」という枠に収まっていない、そんな印象さえ受ける。

私個人的には小学生にオススメしたい。とても勉強になる。
「漫画で分かる江戸時代!」みたいなものが並ぶ本棚の列に加えても良いと思う。難しい専門用語が登場することもあるが、分かりやすくデフォルメされた菌のかわいさ、これは子供受けするはずだ。農業科学の入り口に最適ではないか。知らない単語は調べればいいだけだし。
「教科書」的な役割を担えるのでは、と思えてしまうところが、「漫画」の枠に収まっていないと感じる理由の一つだろう。

最後に、『もやしもん』の魅力の中で、私が「これ一番共感をして欲しいなぁ」と思った話をしよう。
長期連載漫画あるあるな話で、この『もやしもん』は初期と後期でキャラクターの見た目、画風、雰囲気が変わる。
最初登場した時の沢木はひょろなよっとした大学生…まさに「新入生」というような感じ。

しかし後期の沢木は、嘘だろ!?というぐらいかわいくなる。
私は漫画のキャラに「萌え」を感じるタイプの人間ではなかったはずだが、それを差し置いて「か、かわいい!かわいくない?沢木かわいくない?」となってしまった。何かに目覚めたつもりはない、が。

9巻辺りから「もうこの『もやしもん』沢木がヒロインで良くない?沢木と手を繋いで歩きたくない?六畳一間の宅飲みで横に座って欲しくない?」そう思っていた。
そう思ったことだけは、あなたに伝えておきたいのです。よろしくどうぞ。

もやしもん/Masayuki Ishikawa 講談社