この作品を読んでもまだ、生活保護受給者を「甘え」だと言えるだろうか。『健康で文化的な最低限度の生活』

レビュー

「生活保護」という言葉を聞いて、いいイメージを抱く人はどれだけいるだろう(そもそも、いるのだろうか)。「それは国民の権利だ」と頭ではわかっていても、いざ「生活保護で暮らしています」という人と対面したら、やっぱり心のどこかで「ずるい」とか「怠けている」と思ってしまう自分がいるのではないか。

正直、私は「いや、生活保護は国民の権利だから、決して責めるような気持ちは抱かない」と言い切れる自信がなかった。生活保護に関するニュースとして耳に入ってくるものの多くが、不正受給絡みだったということもあるだろう。

しかし、2018年7月に吉岡里帆主演でドラマ化もされた作品『健康で文化的な最低限度の生活』を読んでから、少し自分の中で感覚が変わったように思う。

健康で文化的な最低限度の生活
©柏木ハルコ/小学館

生活保護受給者にも、それぞれの「人生」がある

この作品は、新卒公務員の義経えみるが生活課に配属されるところから物語が始まる。彼女はケースワーカーとして働くこととなり、それまで知ることのなかった、生活保護受給者の生活や実態について目の当たりにするのである。

生活課で働くことは、受給者の暮らしに大きく食い込むことだ。相手の生活を見守ることであり、それは決して穏やかなものとは限らない。突然担当する相手から「これから死にます」と電話がきたえみるは慌てふためくが、確認のために電話をした相手の親戚からは「いつものことなんですわ」と断言されてしまう。狼少年のようなものだから放っておいてもいいという親戚の言葉を信じ、特になにもアクションを起こさなかったえみるだが、結果的に翌日、受給者は本当に死んでいてしまったことを知らされる。

同じ職場で働く先輩から気遣われて「一ケース減って良かったじゃん」と言われるが、亡くなった受給者の部屋に行き、その人が就職を考えようとしていたことや、おそらく趣味であった登山の写真などが並べられているのを見て、彼もまた一人の人間であるという当然のことを思い出すのだ。

「生活保護受給者」という曖昧で、あまり良くないイメージがしみついたレッテルは、しかし一度剥がして彼らの部屋に足を踏み入れれば、そこには血の通った、私たちと同じように必死に生活をする、一人の人間がいるのだ。

「オレは…そんな悪いことをしたんですか……?」

当然のことではあるが、生活保護を受ける理由は人それぞれだ。生活保護なんて受けたくない、と言いながらも、受けざるを得ない状態に陥ってしまっている人もいる。たとえば、元夫の暴力に苦しみ離婚後、二人の子供を養うために働こうとする女性は、働く意欲はある一方でDVのトラウマやPTSD、不安感によってうつ病と診断され、生活保護を受けることになる。

字が読めないために求職活動ができないことを、職員に言わない人もいる。彼を担当していた栗橋は、今までずっと顔を合わせて指導してきたにも関わらずその事実を知らなかったことに愕然とする。その男性は、字が読めないことにより騙されて給料不払いのまま働かされており、秋田から徒歩で上京してきたという。それまで字が読めないことでたくさん恥ずかしい思いや悔しい思いをしてきた彼にとっては、自らそれを簡単に申告することはできなかったのだ。

また、生活保護を受けている家庭であれば、その子供は自分の意思とは関係なく様々な制約を受けることとなる。たとえば「不正受給」が描かれた、欣也のエピソードが印象的だ。

生活保護を受給している場合、その月の収入額を申告しないといけない。しかし、欣也はギターやCDを購入するために親に黙ってアルバイトをしており、彼の分の収入を申告していなかった。彼が収入を得ていたことが発覚したことで、それまでに稼いだバイト代全額である約60万円を役所に払うように通告されてしまったのだ。

権利を得るためにはルールがあり、その決まりを守らないことを許していたら、公平性がなくなってしまう。子供がやったことだから、と看過することはできない。

しかし、それはすべて大人の都合だ。果たして、私たちは欣也がしたことを、どれだけ批判することができるだろう。自分が欲しいものを、自分の力でお金を稼ぎ購入した。欣也にとってはそれだけだった。家庭の貧困も、欣也にとっては、「生まれてきた場所がそうだった」という理不尽な運命でもあるだろう。

「オレは…そんな悪いことをしたんですか……? バイト代全額没収されないといけないほど…」という欣也の言葉に、えみるはとっさに言葉を返すことができなかった。

この作品には、別に人権を主張しようとか、生活保護受給者をフォローしよう、といった意図は感じられない。むしろ、どこまでもその実態を客観的かつ冷静に描こうと徹しているように思える。きっとそれが正しい理解を得る上で一番大切なことだろうから。

この作品のみで生活保護の実態を知ることができた、とは言わない。しかし、作者の圧倒的な取材量の上で成り立つこの作品により、自分とは遠い世界だと思っていたことの一端に触れることはできる。私はこの作品を読んで以来、生活保護を受けて生活をする人たちに、以前のような複雑な感情は抱かなくなったように思う。

それはおそらく、繊細な筆致で描かれるリアルな生活保護の現場を知り、彼らに親近感を抱き、決して自分と遠い存在ではないことを感じたからだろう(要は、自分ごととして捉えることができた、という話なのだが)。「生活保護受給者」と一言ではくくれないほどに、その向こうには様々な事情が存在している。

健康で文化的な最低限度の生活/柏木ハルコ 小学館